今は、水曜日の夕方、午前中は快晴で、秋日和の良い天気だったが、夕方から雨が降り始めた。南側の窓に、雨粒が繋がって筋が何本もできて、向こうのマンションが薄く見える。いつの間に、秋が来たのだろうか、コロナ感染という経験をして、外出禁止の刑に服した10日間だったが、仕事はできたのだから不満はないが、運動不足のために、筋力が落ちた。昨日は、都内に出かけて延期した仕事をこなして、さっそうと帰宅し、今日は、午前から市内の学校訪問に出かけ、午後は2つのオンラインの打ち合わせを済ませ、今、落ち着いた時刻になった。オンラインは、珍しく高校生たちから質問を受けたのだが、高校には、新課程で総合的な探究の時間があって、生徒たちが、探究する、調べる、インタビューするなどの活動をするようで、担任の先生からメールをもらって、今日の午後にインタビューを受けた。確かに、世の中は変わりつつある。高校生も大いに羽ばたいて、探究をしてほしい、ネットで調べて、自分の本を読んだらしいが、高校生の質問や良し、そして、その前の研究打ち合わせは、さらに良し、午前中の学校訪問は、どこか感動するような内容だったので、今日は、充実した1日だった。仕事の秋なのか、研究の秋なのか、勉学の秋なのか、スポーツの秋なのか、ぼっとしてはおられない、コロナ感染もさることながら、生活をしなければならない、景気も良くならないと未来がない、そんな現実にようやく気が付いたのか、社会の歯車が回り始めて、快適な音が聞こえ始めた。一杯のコーヒーに秋立ちにけり(久保栞)の句が、新聞にあった。挽きたてのコーヒーの香りとは、よく言ったもので、その芳香は、気持ちをリラックスさせ、黙って飲む美味しさは、香りも手伝っているからだろう。その香りと味は、秋によく似合う。自分は、毎朝、居間で、通販で買っているコーヒーをマシーンで作り、書斎に持ってきて飲んでいるが、コーヒー通という訳ではないが、その一杯を飲む時間が好きだ。そして、書斎に上る前に、雀に、パン粉を餌の台に置くことを日課にしているが、これも心休まる一時である。最近は、親雀が小雀に餌をやる光景を見るようになった。居間の窓越しに見るのだが、殺伐とした事件の多い中で、雀たちは、催促でもするかのようにピーピーと鳴いて、庭から居間に戻ると、雀たちが餌台に乗って、井戸端会議でもするかのように、近所挨拶でもするかのように、そして家庭団らんの食事の時間でもあるかのように、台の上でパン粉をつつき、時折、側にある水を飲みに行く。何でもない、平凡な秋の季節である。
