今は日曜日の夕方、当たり前だが、このブログを書いている。さすがに日曜日はオンライン会議は入ってこないので、自分の時間が取れる。午前中は、出版のための原稿を書いていたのだが、その間に私的な用事も済ませるが、それでも原稿を書けるのは、最高に贅沢な時間である。昔読んだ英語の論文があって、その要旨は分かっているのだが、参考文献がどうしても思い出せない。勿論、学術データベースにアクセスするのだが、あの解釈は何か勘違いしていたのだろうか、どの論文のタイトルを見ても、これだという確信がない、もしそうだとしたら、原稿の方向を修正しなければならない、など悶悶としていたら、直ぐに時間が経った。ふと、あれは論文ではなく本だったのでないか、と思って、書棚を見たら思いがけず見つかった。ぶ厚い洋書なので、たぶん時間をかけて読んだのだろう、鉛筆の軌跡が残っている。そして趣旨通りの内容が、きちんと書かれている。記憶とは凄いものだ、と感心したのだが、それは専門のことだけで、日常のことは、ほとんど健忘症に近い。午後は買い物に家内に付き合って、その後スポーツジムに行って、ランニングをし、プールで泳いだ。帰宅時刻は午後5時くらいだが、近所の小川の橋の上から、夕暮れで薄暗くなった川にカモが5羽か6羽いて、寒くはないかと意味のないことを思った。先ほどシャワーを浴びて一息ついたら、今の時刻になった。メールをチェックする、そうか、ふむふむ、まあいいか、など独り言をつぶやいた。今日は、今週は、どうだった、と自分に聞いてみる、悪くはないともう一人の自分が答えた。この家に老夫婦でいると、寂しさはない、と書くのは、こんな句を新聞で読んだからだ。レジ譲に「袋2枚」と告げしのみ今日の1日(ひとひ)の人との会話(豊嶋雅明)、なるほど、独居とはこういう生活かもしれない。いづれ、自分もそうなるのか、そう思えば、原稿を書き、メールを読み、スポーツジムに行き、シャワーを浴びる、この何でもない1コマ1コマは、極上の時間である。
