今朝、学校図書館協議会のパフレットが届いて、ふと目にした。活字文化推進に関する記事で有識者会議が開かれたという記事で、アピール文が掲載されていた。普段あまり目を止めないことが多く、見逃している。活字文化を大切にすることは当然だが、現実はデジタル化が進み、子供たちも図書や新聞などを読まなくなって、PISAの読解力の成績も下がったから、あまりにも当然なので普段は目に入らないのだろう。今朝は、どうして目が留まったのだろうか、と詰まらぬことを考えた。以前に北海道教育大の姫野先生の研究を、このブログで紹介したことがあった。授業における教師の見え方の研究で、見ることと見えることの違いであった。優れた教師は、子供たちの背景をよく見るのだと言う。じっとよく見ることの研究に興味を持った。文章でも写真でも映画でも何でも、専門家はじっと奥を見る、偽物と本物を見分けるような鑑識眼を持っている、と考えれば、納得がいく。しかし、今朝はどうだろうか。当たり前のことだから見ないはずだが、アピール文を読んでなるほどと思った理由はなんだろう、と考えた。年を経るにしたがって、自分の専門を深める、というより、専門外にも広げる、という変化が起きている。アピール文を読んで、この分野の人たちは、活字を大切にしたいのか、確かにそうだろうな、と趣旨に添っている自分に気が付いた。年を経ると言うことは、専門外にも優しくなれることかもしれない。もっとそうなりたい。
