今は金曜日の夕方、いつものように2階の書斎の南向きの窓から外を見ると、今日は一日曇りで、今も灰色一色の薄雲が広がっている。まるで真冬のような天気で肌寒く、三寒四温とはよく言ったもので、3月はこのような天気になることも多い。夕方になると仕事や活動が一息つくのか、ふと一日を振り返る。フリーランスの身ながら、それなりの活動がある。今日の一番は午前の卒業式への参加であり、午後はオンラインの会議があった。その間に調べたいものがあったが、今はブログを書く時間である。
地元の中学校の役員をしている関係で、学校行事に呼ばれる。合唱コンクールやら体育祭やら、生徒たちの伸びやかな姿を見るのは心楽しい。卒業式は自分は少し苦手である。特に今日の天気は冬戻りしたような気温で、広い体育館の中で来賓席の椅子に座っていると、足元からジンジンと寒さが伝わってくる。しまったホカロンを持ってくるんだったと思ったが、途中で出るわけにもいかず、じっと卒業式のプログラムに沿って参加した。毎年の事ながら、特に今年は感動的な卒業式だった。卒業生代表の挨拶は、先生方をはじめ保護者そして来賓の我々をも、涙をこらえることができないほど感動の渦に巻き込んだ。
まことに中学生は純粋であり、花も実もあるこれから先の人生を生きていくだろう。彼らは上級の学校に進学しやがて就職をし、世の中の波をかぶりながら、苦しいことも楽しいことも経験するだろう。そして年月を経ていく、その門出である。数日前のテレビ番組で、3.11の大災害から15年たったドキュメンタリーを放映していた。多くの子供や身内が、大波に流され世を去った。生きていれば友達とも話をし就職をして、厳しい経験もするだろうが、それを乗り越えて少しずつ人間力を身に付けていくのだ。その可能性がすべてなくなることほど、悲しいことはない。それを思えば、この中学生たちは幸せなのだ。答辞の中に、これまでの日常生活がいかに幸せに満ちていたかをつづっていた。たぶんそれは本心だろう。人は幸せの中にいると、それは透明だから見えないのだ。別の世界に入る時、初めてそのことに気がつく。
老人になって思うこと、それは若い頃の幸せは過ぎ去ったのではなく、もう一度やり直せることである。年をとったから、もう若い頃のようにはいかないなどは弁解である。年齢に応じた仕事や楽しみや活動はあり、そのことは後になって気づく。若い頃はこれさえなければ、これさえ解決すれば、自分は楽しい人生が送れるなどと考えていたが、今になって思えば、それは錯覚である。それはそのこと自体の幸せが見えないからだ。今振り返れば、そんな仕事があるとは、そんなオファーがあれば、今ならワクワクして活動するだろう。何かのきっかけや変化があれば、そのことの意味を知ることができる。卒業式という区切りに出会って、そのことに中学生も気づく。
卒業生が式を終え体育館を出るとき、クラス毎に生徒の代表が、「起立礼、ありがとうございました」と大きな声で、担任の先生にお礼を言って去っていく場面がある。男性教員は黒の礼服で、女性教員は羽織袴の和服で、生徒たちに対面して見送る。どの先生も、頬を濡らしている。多感な中学生時代を過ごした生徒たちは大きく成長し、男子生徒は図太い大声で、女子生徒は優しさに包まれた声で、お礼を言った。先生たちはまるで自分の子供を見送るかのように、これからの幸せを願っていた。自分が卒業式で生徒たちを見送ったのは、初めて就職をした高校教師の時代だった。何十年経っても、紅白の垂れ幕に、綺麗な花で壇上を飾り、起立礼着席の合図に従って、この儀式を行っている。それが日本の若者を見送る素晴らしい門出なのだ。
文脈は離れるが新聞に「池の面(も)の月掬(すく)ってと乞ひし児が春小学校の教壇に立つ」(深沢ふさ江)の句があった。作者の目には、成長してこの春から小学校教師になる若者が、眩しく見えたに違いない。それぞれが自分の夢を持ちそれに向かって進んでいく、平凡ながらそれが大人への道だとすれば、今日はその門出である。思えばその若者たちを見送ることができる教師という仕事も、また素晴らしい職業である。
