今は金曜日の夕方、日が長くなったせいか、書斎の南向きの窓から見える空はまだ明るい。今日は昼間の天気も暖かく、どこか春めいた気分だった。午前中は、地元の中学校の評議員会があって出かけた。生徒たちの表情は明るく、さすがに若い生徒たちは元気いっぱいだなと思った。しかし自分を振り返ってみれば、思春期もそれなりの悩みを抱えている。運動も抜群で、成績も素晴らしく、家庭も申し分ないなどという理想的な生き方をする生徒はそんなにはいないだろう。中学3年生はもうすぐ高校入試がある。
ある雑誌の原稿が目に留まった。進路選択には、希望と不安の2つの導火線がある。希望の導火線は長く着火点は内部にある。不安の導火線は短く着火点は外部にある。ベテランの教師は、「このままでは志望校に入れないと不安の火を灯すと、すぐに変わるが、長続きしない。君の良さを生かすことができる学校はどこかと、希望の導火線に火を灯すと、長く努力する」という。中学3年生は、今試練の時である。傍目から見れば何でもないようだが、多分内心では葛藤しているだろう。
しかし心配はない、先輩の中学生たちが素晴らしい見本を示してくれた。不安ではなく、希望の導火線に火を付けよう、そうすれば長く火は灯るのだ。それは中学生だけではなく、大人になっても、老人になっても、同じである。自分は今でもメールを見るたびに、不安と希望の導火線が浮かんできて、迷う。自分ももう老いて手が届かなくなった、だから火を灯すのを止めようと思う時と、いやまだ大丈夫だ、残っている力は充分通用する、いずれ灯した火が明るくするかもしれないと思う時がある。今日もメールを見たら、自分にあるオファーがあった。自分はそれだけで、最近の思うようにいかない不安が消えたような気がした。
何を子供のようなことをと言われそうだが、その通りなのだ。家内にその話をしたら、あまり期待しないほうがいいよなどと、大人びた口をきく。自分はいやそうではない、仮にダメであってもロマンがあるじゃないかと言った。先ほど家内が、せっかく楽しみにしているのに、水を差して悪かったと言ったが、何も思ってない。一般に男よりも女のほうが世間をよく知っていて、大人なのである。しかしどうなるかは、自分が決めることではなく、神か天が決めることである。文脈は離れるが新聞に、「闇市は消えボロ市は残りけり」(三方元)の句があった。今自分が関わろうとしていることが、闇市なのかボロ市なのかはわからない。高校受験を控えている中学3年生も同じだろう。その受験が吉と出るか凶と出るかは、神のみぞ知るからである。
しかし闇市は違法であり、わかっていながら生活のために仕方なくという市だが、ボロ市は長い伝統を持つ庶民が喜ぶ市だと考えれば、それは希望の導火線である。人は希望がなければ生きてはいけない。だから希望の導火線は長く長く続いて消えることはないのだ。自分はこの雑誌の原稿を読んで、いろいろな出来事が起きても、灯した火が消えることはない希望の導火線を選ぼうと決心した。良いことを教えていただいた。
