もったいない

 今は火曜日の夕方、いつもの通り2階の書斎から空を見ている。今日も冬空が続き、乾燥しているのでむしろ山火事などが心配になる。自然は思い通りにならないもので、日本海側は大雪で、太平洋側の山梨県は山火事で住民が苦労している。反対ならよいものと誰でも思うが、世の中は思うようにいかないのが常である。本当に生活をするのに困っている人は多い。

 我々の生活はそういう意味では贅沢であり、多くの人はそのことに気づかない。今日は珍しく都内の会議に出席した。東大本郷の会議室で、名刺交換もあるので普段着とは少し変えた。通常はカジュアルシャツとジーンズとジャケットにスニーカーというスタイルだから、気楽で良いが、初対面の人もいる会議では、そうもいかず、ワイシャツにネクタイをした方が良いとは分かっていても、どうしても面倒で、カジュアルシャツとジャケットと革靴で、その上にコートを羽織って出かけることにした。

 出かける時に、家内が「オーバーにしたら?」と言う。それほど寒くないと思ったが、家内にも言い分がある。「今日ぐらい着ないと、かなり奮発して買ったのに、もったいない」と言う。自分はダウンコートの方が好きで、オーバーより軽いのが気に入っている。しかし言われてみればその通りで、家庭の財務を預かる主婦とすれば、言いたくもなるのだろう。久しぶりにオーバーを羽織って、革靴もブラシで綺麗にし、クリームでツヤを出した。「ワイシャツとネクタイにすればいいのに」と言う家内の声を後にして出かけた。

 自分でも思う。すべてきちんとして出かけたほうがいいことはわかっているのだが、どうして反発するのだろうか。たぶんそれは習慣だからである。習慣を変えたくないのだ。そうすると、年中カジュアルな格好だけして、形式的なスタイルから逃げることになる。書斎の隣の部屋は、クローゼットと本棚がある。クローゼットに入りきれない、クリーニング店で洗濯したワイシャツが、本棚の横にかなり掛けてある。オンライン会議が中心になって、ほとんど必要ないからである。誠に贅沢である。そしてオーバーも数本クローゼットに入っているが、ほとんど着用したことがない。もったいないのだが、仕方がない。

 そういえば書斎の本棚も満杯で、隣の部屋にある本棚も満杯である。3月末には大掃除と称して何冊か廃棄することになる。もったいないが仕方がない。文脈は離れるが新聞に、冬銀河百科事典は屋根裏に(秋岡実)の句があった。この句が目に留まった。隣の部屋の本棚の片隅に、大辞林と大辞泉などの大型の辞書がある。自分は一体何度この辞書を引いたのだろうか。ほとんど記憶がないのだ、ということは、この重い辞書も使われないで、本棚の片隅に置かれているのだ。

 何ともったいないと思うが、必要とされないものは、この通りである。自然災害もオーバーもワイシャツも辞典も、この世の中は矛盾がある。需要がないものは捨てられる。自然も望み通りの恵みをもたらさない。しょうがないかと愚痴を言いながらも、なんとか凡人は工夫しながら生活している。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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