ずっと続かない

 今は火曜日の夕方、いつものように2階の書斎でパソコンの画面に向かっている。南向きの窓のカーテンは閉めて、部屋の暖房を維持している。12月も半ばとなれば、クリスマスや大晦日はもうすぐで、今年も1年が終わるのかと思うと、平凡ながら月日の経つ早さに驚くばかりである。今日は昼間に床屋に行き、帰ってすぐジョギングに行った。床屋は今年の散髪納めである。床屋の主人と世間話をしながら、過ぎゆく月日の短さに同感した。

 昨日はTSUTAYAに手帳とカレンダーを買いに行った。手帳は毎年同じ種類でないと気持ちが落ち着かないことは、誰も同じだろう。カレンダーは書斎用の卓上カレンダーを買ったのだが、日頃出入りしている業者の卓上カレンダーが今日届いた。これも毎年同じ業者のカレンダーだったのだが、来年は買ったのにしよう。こんなことを考えると、1年の締めを知らぬ間にやっている。そして思う。今年は何があったのだろうか。誰も同じだが、嬉しいことや楽しいこともあっただろうが、思わぬ出来事や思い通りにならないこともあっただろう。真新しい手帳を見ると、楽しいことだけで埋まればいいなと思うが、そんなことはあり得ない。来年も山あり谷ありの1年だろう。

 昨日は、かかりつけの内科医院に行った。月に1度行って薬をもらうのである。先月はインフルエンザの注射と血液検査があったので、その結果が知らされた。自分は手術や入院はほとんどしたことはないが、血液検査ではいろいろな異常値が出ている。血圧や尿酸値や脂肪肝などで、その薬をもらっている。昨日の検査結果では、医者が意外なことを告げた。一度大学病院にも相談した方がいいかもしれないと言ったので、正直なところビクッとした。これには事情があって、ブログで書くのは厄介なのだが、かつて大学病院で検診を受けたことがあった。これが1年に1回~2回なので都内に出かけるのも面倒で、市内のかかりつけの内科医院で血液検査をしてもらうことで、了解してもらった。その数値が上がっているらしい。来月もう一度血液検査をすることになった。

 自分は運動もしているし、健康のことは心配ないと思っていたが、こんなことも起きるのだ。だから調子がいいと思っていても、永遠に続くことはなく、必ず落とし穴がある。逆も言える。思い通りにならないことや、こんなつらいことが続くのかと思っていても、必ずどこかで好転することがある。人は今の状況が将来にわたってずっと続くと思っているが、現実はそうではない。必ずどこかで変化が生じる。今朝なぜか午前3時に目が覚めた。珍しく寝つきが悪く、スマホでメールなどを見ていたら、ますます目が冴えてきた。普段なら数分もすれば寝付くのだが、今日は寝られないのかと思っていたら、目が覚めたのが5時半だった。寝られなかったのは1時間ほどだった。なんだ、いつの間にか眠っていたのか。

 新聞に、シドニーの天気伝ふる深夜便ねむれぬ同士星座となりて(丸ケ崎結子)の句があった。ラジオ深夜便なのだろう。夜眠れぬ高齢者のファンが多いと聞く。シドニーなら地球の裏側だから、星座になって日本とシドニーの天気を見ているのだろうか。夜眠れなくても、全国に同じラジオを聴いている仲間がいると思えば、寂しくもなくどこか安らぎさえ覚えるのではないか。解釈は違うかもしれないが、眠れなくても長くは続かない。自分の場合はたかだか1時間ほどであった。血液検査の結果も、その時のこと、今から心配することなど一切ないのだ。全く意味がない。1年を振り返れば、あーすればよかったと思うこともあるが、済んだことは全く意味がない。だから人は誰でも、過去ではなく、未来を見つめて来年は良い年にしたいと思って努力するのだろう。それでいいのだ。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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