今は土曜日の夕方、窓から見る外は真っ暗である。休日のパターンであるが、いつものようにスポーツジムから帰って書斎に上がったところである。ジムに行く途中にコミュニティ広場があって、大勢の親子連れでにぎわっていた。屋台の店も出ている。なんだろうと思ったら、サンタフェスティバルであった。そういえば毎年この時期に、大勢のサンタの格好をした人たちが、この広場や目抜き通りを歩いて、子供たちに小さなプレゼントなどを渡している光景を目にした。今年もサンタの季節になったのかと感慨深く思った。
赤帽子と赤い服を着た数十名のサンタのトランペッターが、クリスマスソングを生演奏している。多分市民吹奏楽団なのだろう。コミュニティ広場は、音楽と親子連れと屋台の店で大賑わいで、初冬の寒さを忘れるような空間だった。子供向けの赤いりんご飴や大判焼きなどが売られて、子供たちはニコニコして楽しんでいた。昔友人と仕事でドイツに行ったことがある。サンタの季節だったので、この風景に似た広場に、大勢の市民が集まって寒い夜を楽しんでいたことを思い出した。友人と広場の店で赤ワインを注文して飲んだら、温かい赤ワインだった。なるほど、身を切るような寒さでは温かい赤ワインがこの上なく美味しいのだ。どの国でもいろいろな知恵が働くのだろう。こうして寒い季節を楽しみに変えているのだろうか。
今日のお昼、1階のリビングの部屋に、注文していた新しいベッドが届いて業者が設置をした。これまではレンタルベッドだったが、これからずっと使うので買ったのだが、 2階の寝室にあるベッドと違って、頭部も足部も電動式で上下できるコントローラーが付いている。家内が退院したとはいえ、足腰に無理がかかってはいけないのでこのベッドが必須なのである。2階は自分が、1階は家内が寝起きすることになった。自分は書斎とベッドが2階にあり、家内は台所もミシンもテレビもベッドも1階で、洗濯物の物干しは庭にある。つまりこの住み分けで快適に過ごせるのだ。歳をとってくるといろいろな不都合も起きてくるが、そこをうまく工夫すれば、不便ではなくむしろ快適になる。
文脈は離れるが新聞に、ポケットの中の拳や冬めける(池田雅夫)の句があった。冬めけるは、冬めく、の意味で冬の季語だとネットに書いてあった。寒くなれば誰でも手をポケットの中に入れたくなる。手はポケットの外でも中でも握りしめている。もちろん手袋をしていなければ、その方が温かいからである。誰に教わったわけでもないが、人は握りしめることで保温をして血液循環も良くしているのだろう。人の体がそのように自然に反応して身を守っている。同じように、ことのほか寒いドイツの冬を、温かい赤ワインを飲んで、ほんのりとしたアルコールで体の中から温まる知恵を出したのか。市内のサンタフェスティバルも、家の中にじっと閉じこもりたくなるような季節を、フェスティバルで外に出そうとしているのか、これも市民の知恵だろう。
自分も新しいベッドのある1階のリビングに体を横たえたら、南向きの部屋なので暖かい日差しがさんさんと入り込み、なんと気持ちが良いのか、このままひと眠りしたいと思った。だが待てよ、土日のスポーツジムに行くのを休めば、それが続いてしまう。健康を維持するには、ジムに行くほうがよいと思って出かけた。ひと眠りすることは自然に沿うことであり、ジムに行くことは自然に逆らうことでもある。冬に手を握りしめるのは自然に沿うことであり、温かい赤ワインやサンタフェスティバルは自然に逆らった人間の知恵であると思えば、人は自然に沿うことと逆らうことをうまく使い分けているのではないか。
