感情の変化

 今は火曜日の夕方、いつものように書斎から南の空を眺めている。日中は曇り空か小雨の降る天気で、夕方頃から雨が止んで、夜は晴れて明日は良い天気だと予報している。先ほどまで細い三日月が見えていたのだが、今は雲に覆われて見えなくなった。そろそろ一日が終わる時刻がやってくる。こんな時、今日や昨日のことを振り返って、ぼんやりしている。一日の中でも、面白いこともあれば気に入らないこともある。そんな事の繰り返しで時が過ぎていく。自分のような市井の人は、誰しも同じようなもので、山と谷の振幅の幅は小さいだろう。

 誰でも、テレビ番組を見て腹を立てたり喜んだりするだろうが、この前のブログで少し反省したことがある。某国の高官の傍若無人な振る舞いに、正義感が湧いて許せないなどと思った。庶民が怒ったところで、なんの変化も起きず、世の中の動きは微動だにしないが、その影響は自分自身に起きる。例えばニュースを見るのが少し億劫になって、そっぽを向いてしまったり、その場面では独り言のような文句を言ったりする。若い時ならそれも許されようが、年老いた今は、もう卒業してもいいのにと思いながらも、人間の性なのか、なかなか悟り切れない。

 今日ふと、自分の弟子の加藤由樹先生の研究を思い出した。メールを送ったり受けたりした場面の感情の変化の研究である。誰でも嬉しいメールなら喜び、都合の悪いメールなら怒ったり無視したり、否定的な感情が生じたりするだろう。彼は肯定的な感情、否定的な感情、そして怒りの感情に分類して、分析した。詳細は述べないが、誰でもわかるように、肯定的な感情が生じる場合は、いろいろな面でプラスに作用する。あの人はいつでもニコニコして感じがいいなあと思える人は、ポジティブな感情が起きやすい人なのだ。これに対してネガティブな感情が起きやすい人は、物事に対して否定的にとらえる。たぶんいつも苦虫を噛んだような表情をするだろうから、周囲からはあまり好意的には見られない。最後に怒りやすい人は、いろいろな面でマイナスに作用する。この研究で最も重要な知見は、怒りの感情である。この感情が生じると物事をネガティブにとらえ、怒りはさらに怒りを増幅する。だから怒りだけは避けた方がよい。最も影響が大きい感情だからである。

 上記は、論文の結果に、世の中の浮き沈みの様相を重ねて、拡大解釈した文章であることをお断りしておく。しかし実際はこの通りなのだ。自分はテレビのニュース番組にも少し背を向けるようになった。某国にもっと自然災害が起きればよいのになどと、つまらぬことを考えている自分に、自己肯定感が下がった。今の自分は若い頃と違うのだ。いいではないか、いずれ落ち着くところに落ち着くのだ、大丈夫大丈夫、大したことではないではないか、と思える自分を描いてみる。そうすると少し世の中が明るく見える。自分も歳を取ったのだ、好々爺になることを夢見ている。

 今日はプロジェクトの報告書作成の準備に取り掛かったのだが、なかなか重い腰が上がらなかった。それが気になっていたのだろう、今朝ベッドから起きる時、ふとこうしたらどうだろうか、と思いついた。午前中にその仕事をしていたら、笑みがこぼれて口笛でも吹きたくなった。人はこうも簡単にマイナスからプラスに変わるのか。そうだとすれば、何もくよくよ考えることは一切ないのだ。新聞に、わずかなる嬉しきことの今日ありて瓶ビール買う帰りの途(みち)で(千葉幸平)の句があった。この作者も自分と同じか、少しでも嬉しいことがあると、祝杯をあげたくなるのか、なんだなんだそんなことなのか、人は気持ち次第でどうにでもなる。気持ちが変われば状況が変わり、物事は好転する。場合によっては逆転もある。加藤由樹理論を拡大して適用すれば、そうなる。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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