夕食前のひととき

 今は火曜日の夕方、いつものブログの書き出しであるが、この時間は空も真っ暗で、マンションの灯りが規則正しい碁盤の目のように見える。日が暮れるのが早いと、一日が早く過ぎてしまうような気がする。今日は昼間に市役所で会議があった。教育委員会主催の会議だったが、自分もいろいろ発言したので、充実感があった。帰宅して審査系の仕事をした。ある主催社の賞を選考するための審査なので、半分楽しみながら応募した論文を読んでいる。この審査もそれなりに時間がかかるので、今日のノルマの分量だけ読んで、このブログ執筆に切り替えた。

 昨日まで世間では連休なので、自分も世間の流れに合わせて3日間を過ごした。といっても自分の立場はフリーランスなので、オファーに応じて仕事をし、その空いた時間で自分のやりたい仕事、と言っても伝わらないが、広い意味での研究をしている。お父さんは何をしてるのかと、娘や息子に聞かれるが、答えようがなく、まあ、半分仕事で半分趣味のようなものだと答えている。多分子供たちから見れば気楽な身分だと思っているだろう。事実その通りで、この連休の3日間は好きなことをして良いと自分でも意識しているので、ああでもないこうでもないと考えながら分析をしていて、健康維持のためにスポーツジムに通った。ただ脳のどこかに、こんな作家気取りのような、学者気取りのような、気ままな時間を過ごしていいのかと自問自答していた。

 それが今日はしっかりと仕事をした。まるで会社勤めか、組織のスタッフかのように、時間に合わせてその流れに我が身を任せた。今日はきちんとやるべきことをやったので、夕飯も美味しいだろうなどと先ほどまで考えていた。市役所から帰宅して、書斎で審査系の仕事をするには、頭を切り替える必要があるので、庭に出て空を見た。昨日も今日も秋らしい青空で、少し肌寒い風は吹いているが、それもまた心地よく、確実に季節はやってくるのだ、何も心配することはない、とどこか心が癒された。少し肌寒くなって、寝室にも暖房を入れている。そのため加湿器をつけて寝ているが、今朝はその加湿器をきれいに掃除した。少し遅い季節の変わり目の準備である。家内が寝室のシーツを夏用から冬用に替え、そして毛布も追加した。家内が手術して以来、自分は2階で家内は1階で寝ている。そろそろ冬支度なのか、そしてあの灼熱のような夏も過ぎ去った。今頃は南半球の方に移動して、人々に猛暑と言わせているのだろうか。

 新聞に、小六が「秋らしいねえ、爺ちゃん」と空を見上げてぽつり呟く(真中昭)の句があった。そして思わず吹き出した。なんとまあ大人びたというか、年老いた感性というか、その言葉が新鮮で面白かった。そして、お爺さんと孫の2人で、秋の空を見上げて会話をしている。多分まだ日差しが出ている夕方で、多分男の子だろうか、仲の良い2人なのだろう。今日の天気のように、青空でいかにも秋らしく、明日も天気になりそうな西日が輝いていたのか。大好きな孫と一緒に秋の夕方を過ごしているお爺さんも、一日が終わる安堵感で、自分と同じ夕食前のひとときだったのか。こんな風にして一日一日が過ぎていく。そして今年も去ってゆく。

 

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

コメントを残す