宵祭り

今は土曜日の夕方、書斎の南側の窓にはカーテンがかかっている。秋にしては少し肌寒いので、カーテンを閉めて外気の寒さを防いでいる。今日は朝から一日中小雨の降る天気で、草木にとっては命をつなぐ大切な水分が補給される。しかし人間はまことに贅沢で、「今年は秋が来ないのか」などと言って、日本は四季ではなく二季だとうそぶく人もいる。
それが今日は秋そのもののような天気だが、なにぶん太陽がまったく雲から顔を出さないのだから、気温が低い。いつものように土日で、特別な出張などがなければスポーツジムに行くことにしている。今日も傘をさしてジムに行き、屋外のゴルフ練習場で下手なクラブを振り、その後プールに入って泳ぎ、サウナに入って汗を流した。
週3回ぐらいを目標にして通っているが、自分にとっては大切なジムで、そのおかげで健康でいられる。何より気持ちの切り替えが嬉しい。午前中は書斎でデスクワークなので脳が疲れる。チョコレートなどを食べると脳の疲れが取れるという、科学的なのか巷の知恵なのかわからないが、自分も時々食べている。ただ、これは体にはあまり良くない。それよりも運動する方がはるかに良いことは、経験的にも科学的にも証明されているスポーツジムの行き帰りで、山車に出会い祭囃子を聞いた。明日は所沢の本祭りで、今日はその前日の宵祭りである。雨の降る肌寒い天気ながら、祭りの法被(ハッピ)を羽織った何人かの人たちが、山車の上で太鼓と笛で祭囃子を奏でている。そして、おかめとひょっとこの仮面をかぶった踊り手が、手つきも鮮やかに祭囃子に合わせて手足を動かしている。祭りの関係者であろう。この寒空の中、明日の本祭りを盛り上げるための練習を兼ねた宵祭りである。それを見守る市民はそれほど多くはない。それでも祭囃子の音色を聞くと、なぜか心にしみてくる。自分はジムからの帰り道、10人ほどの観客の1人になった。山車の上の踊り手も、笛や太鼓のお囃子も一生懸命なのだ。まるで本番と同じように、大勢の観客に囲まれているように、抜けるような青空の秋であるかのように、お祭りを盛り上げようとしている。
町内ごとに山車を出すから、自宅からスポーツジムまでの間に何箇所か祭囃子が聞こえてくる。中でも旧市役所の前のコミュニティ広場にはいくつかの屋台があって、それなりに賑わっていた。親子連れも若者も山車の周りで祭囃子を聞いたり、テント付きのテーブルに腰掛けて、大人は定番のビールや焼きそばなどを、子供は焼きりんごやアイスクリームなどを食べている。それなりの人数が集まっているので、祭りらしい雰囲気になっている。明日が待ち遠しいのだろう。法被姿はどこかいなせで、江戸の昔を彷彿とさせる。この時期は当然ながら、お米などの豊作を神に感謝する行事だから、近隣の市でも秋祭りが集中している。そんなことを考えると、自分も日本人であることを誇りに思い、明日は観客の1人として、明るい日差しの秋のひとときを楽しみたいと思っている。やはり日本は四季でなければならない。
文脈は離れるが、新聞に「歯磨きにほのと音程秋の朝」(渡邉みほ)という句があった。「ほのと」とは「ほのかに」という意味で、俳句でよく使われるとネットに書いてあった。作者は朝、歯を磨くとき、かすかに音楽のように聞こえるのかもしれない。
ジムからの帰り道、山車から離れていくと祭囃子がだんだん遠くなり、「ほのと」聞こえてくる。祭囃子も、いきな法被も、山車も、秋という季節も、そして俳句も、日本人の情感が込められている。四季という自然や祭りや俳句などに触れると、自分の感性は何かに気づくようだ。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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