今日は月曜日の夕方、いつもの通りの書き出しであるが、火曜日でないのは当然ながら事情がある。明日は他県に出張しなければならないので、今書いている。日帰りなので帰りの電車の中で書けるのだが、内容が限定される。明日は講演である。ブログは日常生活の平凡な出来事がなじむと思っているので、今日にした。自分の今の立場は、ブログでも書いた通りフリーランスなので、オファーに応じて仕事をしている。正確に書けば、自分の所属する組織はないと言ってもいいだろう。名誉教授とか名誉会長などの肩書は頂いているが、その肩書で仕事をしているわけではない。一介の市井の老人にすぎない。ある程度の年齢になれば組織から離れるようになる。組織には定款や規則があって、否が応でもそこから切り離される。ただし自分は今の立場が自分に合っている。特にフリーという言葉が好きで、何でもできるではないか、これからは自由の身分だなどと周囲の人たちに言うと、何を偉そうに負け惜しみかと言われることも承知している。人の生きる道には節目がある。自分のことを書けば、高校教員の時代、国立大学の教員の時代、私立大学の教員の時代、団体会長の時代、そしてそれらの組織から離れた今の時代である。高校教員は教員採用試験に応募して採択されるので、自らの意志で職を得た。よく先生は水を得た魚のようだと言われたが、そうかもしれない。毎日が楽しかった。夢中で仕事をしていたら、なぜか国立大学から来ないかという誘いがあった。それ以降就職で自ら応募したり問い合わせたりすることはなく、先方からのリクエストに応じて職場を移っていった。今もリクエストに応じて仕事をしているので、何十年前から変わらないのかもしれない。そしてどの仕事も面白かった。もちろん人間だから、気の乗らないことや不得意なことや落ち込むことなどもあるが、基本的には面白がっていると言って差し支えない。今でも同じである。明日の講演もオファーに従って出張するのだから、ありがたいとしか言いようがない。自分のような年齢で、自分のような浅学で、あまり能力もないのにオファーが来るだけで、自分もどこかお役に立てるのかと、自分を少し認めることができる。自分のことを認めることができれば、それは最高の喜びである。なぜなら自分はまだ生きてよいのだという証明書をもらったようなものだからである。話は飛躍するが、不登校の子どもや、うつ病の人の気持ちが分かるような気がする。何か自分に自信が持てなくて、どこかおどおどしたり、自分の居場所があるようなないような不安定な状態ではないだろうか。自分も先に書いたようないくつかの時代をそれなりに楽しく過ごしていても、ふと自分に自信がなくなる時がある。時が経つといつのまにか忘れているが、そんな繰り返しである。ずっと自信満々で、ずっと幸運のままという人は、この世の中には誰もいない。どんなことが起きても跳ね返す力が必要なのだ。文脈は遠く離れるが新聞に、「いつか来る分かれ道だと思うべし決然と行く免許返納」(橘晃弘)の句があった。作者の気持ちはよくわかる。免許返納しようとすればそれは大きな決断がいるだろう。自分はその決断ができないので免許を更新しているが、免許返納したらそれはまた別の人生が開かれるだろう。それは1つの節なのである。先に書いたように自分の人生を振り返ってみたら、いくつかの節があった。どの時代も今思えば楽しい思い出ばかりである。いや厳しい経験をしたり落ち込んだりしたこともあるのだろうが、ほとんどは忘れている。それは節のおかげなのかもしれない。今日、自分が役員をしている中学校から定期的な便りが届いた。その中に、竹はいくつかの節があるので、あのように折れないでしなやかに曲がることができると書いてあった。竹のように生きること、それは今の言葉で言えばレジリエンスである。この言葉が世界中で広がったのは、大人も子供も「心が折れる」と言われるように、しなやかさや復元力が欠けてきたからだろう。どんな時代になろうとも、どっこい自分は生きている、耐えていける力が求められている。それは我慢することではなく、楽しみながらしなやかさを持つ姿とも言える。自分もそうなりたいと思っている。
