今は火曜日の夕方、と言うより秋分の日の夕方と言った方がぴったりする。いつものように2階の書斎の窓から空を眺めている。まるで絵に描いたような静かな秋の夕方である。書斎の机に2台のパソコンと、その横のテーブルに小さなCDラジオがあって、童謡とか日本歌謡のような静かな音楽が流れている。自分は時折音楽を聴きながら仕事をすることがある。気持ちが落ち着くからである。家内が退院しても本年度中はリハビリのような期間なので、重い物を持ったり腰を曲げたり遠くまで歩いたりすることは、あまりできない。今の生活は、家内が主に1階で自分は2階である。2階に階段を登るのが大変なので、レンタルベッドを1階南向きのフローリングの部屋に置いている。その北隣に台所兼リビングがある。家内の生活空間は1階が中心で、台所で料理を作ったり浴室で洗濯をしたり、リビングや和室でミシンを使った趣味ごとをしている。現在は庭に洗濯物の物干し台を置いている。洗濯物もかなり重いので、浴室から庭まで運ぶのは自分の役割で、今朝も朝食の後に洗濯物を運んだ。物干し台は高さの違う2つの段に物干し竿が掛かっていて、そこに洗濯物を吊り下げるのは家内の係である。8時半を過ぎると東から太陽が照り付ける。2階のベランダには屋根が付いているので、直射日光は洗濯物の全面には当たらない。しかし庭の物干し台では何も遮るものはなく、朝日が照り付けて白いシャツなどはまぶしいような反射光が目に入る。雨の日はお風呂場で浴槽乾燥をするが、やはり太陽光に勝るものはない。ふと見上げると、空に一面にうろこ雲が浮かんでいた。魚の鱗のような小さな雲が空全体に筋状に広がって、なるほど今は秋なんだとふと思った。夏のような天気が続いていたので秋が来ることをどこか忘れていたが、背中をポンと叩かれたように思い出した。うろこ雲はいわし雲とも呼ばれるが、この雲を見ると子供の頃のことを思い出す。秋晴れの校庭で運動会があった。残念ながら自分は足は速くはなかった。3位以内に入れなかったと思うと、子供心にどこか惨めだった。昔は両親が弁当を持ってきて、お昼時間に一緒に食べるのが楽しみだった。速くはなかったが頑張ったなと励ましてくれた。秋には遠足もあった。どこか近くの山に登ったのだろう、楽しみにしていたのか、てるてる坊主をぶら下げていたことを思い出す。昔は日本全体が貧乏だったから、お昼の弁当に卵焼きが入っていると、誰もが目を輝かせて喜んだ。このブログでも書いたことがあるが、大好きな先生の横で弁当を食べておかずを交換したことがあった。優しいその先生とその時の光景は忘れられない。爽やかな風の吹く気持ちの良い秋の一日だった。夏の次はすぐ冬かと思っていたら、ようやく秋がやってきて、子供の頃を思い出させるような秋風と、その風に吹かれて揺れる洗濯物と大空一面に広がるうろこ雲が、自分を癒してくれた。何も心配することはないではないか、こんな自然の中で生活できればそれでいいではないか、自然の流れのままに頑張ればいいではないか。文脈は離れるが新聞に、「敗戦を終戦と呼び鰯雲」(木川志佳)の句があった。敗戦と言えば苦渋の思いがあるが、終戦と呼べば戦争が終わり平和がやってくる、それは鰯雲が空一面に広がっていくように、これから先も大丈夫だ、自然はきちんと訪れると、作者は、自然の懐に抱かれる思いがして、安心したのではないだろうか。自分も今朝同じような雲を見て、平穏な生活ができること自身が有難かった。それで十分である。それ以上の贅沢はいらない。
