今は火曜の夕方、近所のスーパーマーケットでの買い物を済ませ、2階のベランダにある洗濯物を集めて1階の居間に運んで、今2階の書斎に上がったところである。家内が退院したと言っても、すぐ元気に動けるわけではなく、外出は一緒でなければならず、また2階にひとりで登るのはまだ先である。我が家の近所にはスーパーマーケットとコンビニがあってそれぞれ2分以内なので、その意味で助かっている。だから何かと気ぜわしく、書斎で時間をかけて研究的な仕事をするのはなかなか難しい。というよりもフリーランスという立場上、そんなに忙しい仕事があるわけではないので、本来の仕事は減って家事にかかる仕事が増えている。それでも講演依頼があると、若い頃とは違い、かなり前から資料を準備する。現役の時は忙しいという口実を作って、なるべく短い時間で講演資料を作ってそれで終わりとしていた。現実に授業や学生の研究指導や会議などが本業なのだから、外部からの講演や原稿依頼などは、その他の雑務に入る。つまり副業でありアルバイト的な感覚であったが、今ではそれが本業に近い。今日も9月中旬にある講演の資料を見直したら、いろいろなことに気づいた。もう数週間前に完成しているので手をつける必要がないと思っていたが、なんというか欠陥商品のように思えた。それは不思議な感覚で、あれほど完成度が高いと思っていたものが、こんなにも穴が開いていたのかと思った時、人の感じ方や見方は変わることに気がついた。それは、同じ資料を見ているとは到底思えないほどの変わり方なのである。それは多分このテーマではこれが最善だと自分を過信していたのだ。時間が経過してもう1回見直さないと、自分の姿は見えないということだろう。最近そんな経験をしている。良きにつけ悪しきにつけ、人は脳細胞も含めすべて変わっていく。当然ながら見え方も、感じ方も変わる。家内が入院してから、自分の考え方も変わった。8月の後半にいくつかのイベントに参加しフロアと議論する中で、考え方に変化が生じた。いくつかの文献を読み自分と共鳴している内容で見方が変わった。買い物でも洗濯でも料理でもどんな些細な家事であっても、そこに気づきが生じ見方が変わる。変わる方が自然なのではないだろうか。今日読んでいた文献に、西洋文化は変わらぬものを求めるが、東洋文化は変わることを前提としていると書いてあった。ニュートン力学は自然の背後にある変わらぬものを探究した結果であるが、平家物語の「祇園精舎の鐘の声諸行無常の響きあり」の名文のように、奢れる人はいつか滅びる、つまり幸福と不幸は一体であり永久ではない無常だとすれば、それをそのまま受け入れるしかない。だから自分の講演資料も時と共に変わっていき、これがベストなどということは自分の勝手な思い込みでしかすぎないのだ。文脈は遠く離れるが、新聞に「長男を亡くせし祖父は医師を辞め誰とも語らぬ日を過しけり」(川久保洋子)の句があった。この祖父はどんな思いであったのだろうか。医師は科学の力で命を救う尊い仕事であるが、自分の息子も救えなかったことが、世の無常を感じたのだろうか。幸も不幸も人間の力だけではどうにもならず、幸福になるための原理はニュートン力学のような変わらぬ公式では表せないということなのか。ただ自然に任せて無常の世の中だと諦観するのも、どこか寂しい。人は努力すれば良いことが起きると信じているのだと思う。家内と買い物に行って美味しそうな秋刀魚があったので、今日の夕食のメインディッシュは、秋刀魚の塩焼きで大根おろしでいただく。そこに冷えたビールが出てくるので、これ以上の幸せはない。お寺の精進料理より美味しいから、自分はどうも現実主義者のようだ。
