忙しい日

今は火曜日の夕方、いつもの通り書斎の窓から南空を眺めている。今日もなんだか忙しい日が終わろうとしている。ブログにはあまり書いてないが、早朝に庭の草取りなどをしている。草取りをしていると、いろんな発見があって、早朝の涼しい時間なので少し楽しみなのである。そして朝の時間は忙しい。朝食の準備、そのためには台所で、夕べの食べ終わった食器をきれいに洗わなくてはならない。ポットとコーヒーサーバーには水を付け足しておく。そして今日朝食を食べると、ちょうど炊飯器が空になるので、ご飯をセットして夕食に炊きあがるようにする。ポットからお湯を注いで、仏壇にお茶を供え、自分もお茶を飲むのだが、その前にやることがいっぱいある。洗濯機に、溜まっている衣服を放りこんで洗濯をする。食事が終わった頃、衣服を2階のベランダに干さなければならない。朝食も、薬を数えて並べ、青汁を用意し、納豆とお新香と塩昆布とヨーグルトとミルクも、ちろんご飯とお茶を用意して食べる。食べ終わったらすぐに新聞を玄関から取ってきて、ざっと目を通すのだが、時間があまりない。というのは、今日は朝10時から12時まで市内のセンターで会合があって参加するので、時間が厳しいので、気づいたことは即やらないと間に合わない。今日は、明日の午前中講演があるので、仔細は省略するが、どうしても出席しなければならない。朝食が終わったら、直ちに食器洗いをして夕食に備えておく。自分の性格上、台所が汚れているのは嫌いなので、洗剤やら何やらできれいにしておく。そして今日はダンボールの収集日だったので、かなりの量のダンボールがたまっていたので、それをまとめるだけで時間がかかった。午前9時半までには、メールのチェックを終えていなければならない。公式の会合なので、普段のジーパンというわけにはいかずズボンプレッサーにかけたズボンをはいて出かける。帰ってきたらすぐ12時過ぎなので昼食を取るが、これはパンなのでお昼のニュースを見ながら簡単に食事ができる。食事が終わったら午後1時に家内が入院している病院に行って、諸々の打ち合わせをしたり準備をしたりする。今日は懸案だった自宅の風呂場のお湯を流す弁がうまく作動しないので直してほしいと家内に言われ、うまくいくのかなと不安ながらも帰宅してすぐ取りかかった。ただ外は猛暑である。暑くてたまらないから帰ったら冷たい水とガリガリ君を食べて、ようやくほっとした。風呂場の弁の修理は悪戦苦闘しながらも、なんとか修理できた。やれやれと思っていたが、明日の午前中の講演が気になって、一応できている資料を見たら、これは駄目だ大幅に変えようと思った。その前に2階のベランダに干してある洗濯物を取り込んで整理しなければならない。それが終わって、ようやく机に向かって、ああでもないこうでもないと考えながら、なんとか修正して先ほどようやくスライドのPDF版を送った。そして今ブログを書いている。なんだかこんな生活パターンになるとは思ってもみなかった。だが今思うことは、自分の体の中に潜んでいるエネルギーを出し切るしか乗り切る道はない。だから迷うことはない。真っすぐにやるべきことをやって進むしかない。それは苦しみではなく、やりがいなのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、泣き崩れ立てぬ球児の夏終わる(田辺英男)の句があった。甲子園に出場するほどの野球選手なら、優れた才能を持ち人一倍の努力をしてきたに違いない。それでも世間はまだまだ広く、上には上の選手たちがいる。この選手の夏は終わったかもしれないが、きっとその経験が役立つ時が来る。汗いっぱいの夏が静かに去っていき、やがて秋がやってくる。自分も短い期間ながら、家内の入院中を悔いのないように生きてきた。来週からはいよいよ学校も始まり、自分も所沢市内の学校訪問をするだろう。いやもう今週から午前中は詰まっている。2学期への準備が始まっているのだ。若い人たちのような全力を尽くした生き方ではないが、年配者でも精一杯の生き方がある。やれることはすべてやってみようと今思っている。そう考えると家内の入院は、自分への甲子園球場の応援団のような気がして、逆に元気をもらっている。入院すること自体を嘆くことはないのだ。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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