今は土曜日の夕方、いつも通りの書き出しで恐縮だが、この時刻になると今週も今日も終わりかと思ってほっとする。先ほどまで地元の町内会の主催だと思うが、夏祭りの太鼓の音が聞こえてきた。といっても弘法大師の御社のある小さな広場で、側に小川が流れており、大きなイチョウの木があって、そのすぐ近くに、地元の農家の人たちが雨乞いをしている時にここを掘ったら良いと弘法大師のお告げがあって、そこから水が湧き出たいう井戸がある。その伝説も書いてある史跡がある。そして小川の反対側がスーパーマーケットの裏入り口になっている。そこに町内会の役員の皆さんがテントを張って、毎年恒例のお祭りを仕切っている。笛と太鼓とひょっとこなどのお面をかぶった踊り手が、踊っている。ただ例年と違って盆踊りの屋台ができていない。つまり今年は盆踊りはやらないで、踊るのは多分地元の伝統文化保存会の人達ではないかと思う。この市では町内ごとに、保存会が中心になって、祭りや盆踊りやいろいろなイベントで伝統文化を披露している。自分は所沢市の出身ではないが、そのひょっとこ踊りや太鼓や笛の音色が好きで、小さい頃に戻ったような気持ちになって嬉しくなる。重松流(じゅうまりゅう)祭囃子と呼ばれる太鼓の音色は郷愁をそそられるようで、胸にどんどんと染み込んでくる。お祭りは秋だが、所沢の銀座通りや繁華街で、太鼓を打ち鳴らすいなせな若者衆は、江戸の昔からこのような姿だったのだろうと、昔を彷彿とさせる。太鼓を打つ時のバチさばき、時折見せる見栄を切るようなパフォーマンスは、祭りに来た人たちをどこか酔わせるような魅力がある。自分は、秋の祭りと夏の盆踊りを本当は楽しみにしている。夏の盆踊りは、地元の盆踊りの音頭が好きで聞き惚れる。もちろん自分で歌ったり踊ったりしたことは一度もないが、大ファンであることは間違いない。例年なら町内会から御祝儀の依頼が来たりするのだが、今年はこじんまりと保存会の人たちだけの踊りとお囃子だけなので、遠慮しているかもしれない。受付の人たちはいたが、なんとなく後祝儀を出すのも気恥ずかしくなってやめた。2階の書斎の窓を開けているので、休んでいた笛と太鼓の音色が再び聞こえてきた。どの地域であってもこんな伝統文化が残っていて、大人になっても年寄りになっても、その音色や踊りが脳のどこかに大切に保存されていて、それが水面下から浮かんできて、地元の人たちとの連帯感が深まっていくような気がする。自分はこの地域に住んで、近所の人達とも仲良くしてもらい、地元の先生方や教育委員会の皆さんと一緒に仕事ができることが、この上なく嬉しい。家内も自分もこの地域に包まれていて、心理的安全性が高いと言われればその通りである。新聞に、田植えして一村すべて繋がりし(浜名勇)の句があった。なるほど田植えはみんなが協力しなければできない。だから農村は助け合って生きてきて、それが日本全体の文化風土になったとすれば、祭囃子や盆踊りはその絆を確かめるイベントなのかもしれない。そしてどの地域でも笛や太鼓の音色や音頭を聞けば、ここに住んで良かったと思う人が多いだろう。家内が入院しているので、先ほど自分の好きな刺身をスーパーで買ってきた。他にも料理を作るが、まだお囃子を続けているなら、ビールを飲みながら1人で聞いていたい。刺身と冷奴をおかずにして一杯飲むのは、父親譲りかもしれない。なるほど人は多くの人の繋がりで生きているのだと改めて思った。
