真っ白なハンカチ

今は土曜日の夕方、書斎の中はクーラーで涼しくなっているのでほっとしているが、先ほどすぐ近くのスーパーに買い物に行ったが、歩いて2分程度の短い距離なのだがそれでも暑かった。老夫婦で買い物に行くのも珍しいのだが、自分が飲みたいビールの銘柄を家内に任せると間違うことがあるからなのだが、別の理由もある。年をとると足腰がだんだん弱ってくる。これは老化現象なので仕方がないのだが、家内も急に弱ってきた。だから買い物も小さな4輪車を引っ張っている。通販で買ったものだが、これでかなり体が楽になる。ビールとか夏の飲み物は量が多くて重くて、運ぶのが大変なのだ。家内に任せっきりだったので、少し手伝いたいと思って出かけた。今はスーパーは男性の方が多いぐらいで、年配者も夕食用の食材をあれこれ探していた。男女共同参画とはよく言ったもので、これが現代風で男女ともその方が居心地がよい。とは言っても昭和の男とすると買い物も料理も苦手である。だから夕食を準備してもらえるだけで有難いと思う。今夜は親子丼ぶりがメインで、なすびの料理や冷奴などがあって冷たいビールは絶品の味がするだろう。さて今日は何をしたのだろうと思い出すと、午前中は月一度のお墓参りに出かけた。墓地は夏を謳歌するように蝉の合唱で賑わっている。蝉の鳴き声とお線香の香りが一緒になって、そうか今は夏なのかとふと思う。お墓には父親と母親が入っていて、報告することもあるが願い事の方が多い。この頃家内の足が急に衰えて、昨日は病院に行って診断してもらったので、良くなるようにお願いした。娘夫婦や息子夫婦の孫のことなど、両親にいっぱいお願いした。自分はもう年なので願い事はしないが、平凡ながら健康でいたいと報告した。自分が家族を助けてやりたいと思うことはあっても、現実にはできないことがほとんどである。金銭的なことならお金を援助することもできるが、それは本当に助けることになるのかわからない。また現実にそんな願い事はない。若い内はむしろいろいろなことがある方が普通なのだ。それをなんとか乗り切っていくことが、日々の生活そのものである。だからご先祖様にお願いしするしかない。つまりお願いするだけで、現実は本人が解決するしかない。自分はいつものように休日はスポーツジムに通って、先ほど帰宅した。入院したこともなく大きな病気をしたこともないので、有難いとしか言えないが、いづれ入院したり大病を患うこともあるだろう。多分誰もが何らかの問題を抱えながら毎日を過ごしている。文脈は離れるが新聞に、今日のこと今日のハンカチ洗いつつ(今井千鶴子)の句があった。作者は著名な俳人のようだが、自分は知らなかった。新聞の俳壇の論評の中で紹介された句である。旅先なのかわからないが、女性らしく今日使ったハンカチを洗面台で洗いながら、今日は何があったか、どんな出会いがあったかなど、思い出している。自分は、今日の出来事を、南の空を眺めつつ、ブログを書いている。自分は知らなかったがハンカチは夏の季語らしい。多分真っ白なハンカチだろう。その方が今日のような夏空によく似合う。作者のように、今日のことはいろんなことがあっても、きれいに洗い流して真っ白な気持ちになって明日に備えると思えば、何かすがすがしい気持ちがする。真っ白なハンカチで朝を迎え、汚れたハンカチを夕方には洗い流して、明日に備えるとすれば、そんな生活も悪くはない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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