今日は土曜日の夕方、いつもの通り2階の書斎の窓から空を眺める。すごい天気としか言いようがないが、一点の雲もなく青一色である。西日がマンションや民家を照り付けて、長い影が見える。暮れるのはまだ早い。いつもの土曜日のように、今日もスポーツジムに行って帰ってきた。何しろこの暑さで徒歩15分ほどかかるジムまでたどり着くのに汗びっしょりで、下手なゴルフクラブを振って汗だくになり、その後プールに入ってこの上ない心地良い一時を過ごす。さらにサウナに入ってまた汗をびっしょりかいて、水中ウォーキングをすると、皮膚が活力をもらったようで元気になる。そして真夏の日差しを浴びながら屋外のジャグジーにつかれば、この上無いセレブな気持ちになる。考えてみれば、いっぱい汗をかき、水とお湯で汗を流しの繰り返しで、体が新陳代謝をしているようだ。古い細胞を吐出し新しい細胞が生まれてくるような気持ちがして、体全体が生き生きするような時間であった。ジムからの帰り道、西日が直接顔に当たるのを避けるために帽子をかぶっているが、また汗が吹き出して、早く冷蔵庫に冷やしてある水とアイスキャンデーを食べたいと思った。暑さが人間の限界に近くなると、難しいことは考えられない。幼児か子供のような考えに戻るらしい。歩きながら頭の中は、水と氷のイメージで満たされて、他のことはあまり思い浮かばない。ただ途中にコミュニティ広場があって、いくつかのテントがあり櫓が組んであった。そうか盆踊りかと思ったが、午後4時過ぎぐらいではとても踊れない。だから関係者が数人いただけで、夜を待っているらしい。そうかもう盆踊りかと思いつつ、何回かやるのかもしれないと思って通り過ぎようとしたら、ミストの装置があった。そのそばに行くと冷たい霧が降ってきて、一瞬暑さを忘れた。今夜はこの地域の人たちが集まって踊るのかなどと思ったが、コンクリートの地面では、いくら夜になっても涼しいとは言えないだろう。それよりもクーラーのきいた我が家で、冷たいビールを飲んで夕食を取る方がどんなにかありがたいなどと思った。自宅の近所に弘法大師の御社があり、大きな銀杏の木があって、その周りは小さな広場になっている。その横を小川が流れている。植物があったり雑草でも緑が目に入ると、暑くても少し涼しげな気持ちになる。まして小川があって水が流れているから、コミュニティ広場より風情がある。8月の下旬には小さな盆踊りが毎年行われる。町内会なので寄付はするが、盆踊りの手伝いはお許し願っている。もうこんな季節なのだ。7月も終わりに近づいてきた。暑い暑いと言いながら毎日を過ごしているのだ。今日は何をしたのだろうか。午前中はそれなりに仕事をし、お昼にいくつかの用事を済ませ、午後2時から4時半まではスポーツジムの時間だった。しかしあまり思い出せない。暑いということだけはしっかりと体に染みているようだ。文脈は離れるが新聞に、脳髄のずしりと重し炎天下(折戸洋)の句があった。気持ちは分かる。今日は脳の中まで暑さが染み込んできたのか、それなら難しいことは考えられないはずだ。クーラーのきいた部屋でなければ、とても考え事ができない。脳髄まで染み込んできたら、元に戻るのに時間がかかるだろう。そういえば今日のブログは何が主題だったのか、わからない。ただ暑いと、暑さから逃れることだけ考えて頭が単純になるということなのか。ここで急に夕立でも来れば、どんなにか気持ちが良いだろうかなどと、つまらぬことが思い浮かんだ。もう少しすればクーラーも効いてくるので、まともな考えが浮かぶかもしれないが、紙面が尽きた。これでお許しいただきたい。
