今日は火曜日の夕方、いつものようにこの時間に書斎の窓からから空を見上げる。白い雲がいっぱい広がっているが、夏の青空である。お昼にテレビの番組を見ると、参議院議員の選挙結果で盛り上がっている。勝っても負けても、政治家は元気なので驚く。川の流れに身を任せではなく、流れを食い止めるとか別の流れを作るなど自然体ではない仕事が、政治の本流らしい。いつまでも夢を追いかけるのは、歳をとれば、それがいかに難しいかを実感する。それは持続することの凄さである。かつて国会議員の先生方との会合があって、自分は4勝3敗だったとある議員が言ったので、何のことですかと聞いたら、選挙結果だと言った。落選したらただの人と言うが、ただどころか文字どうり浪人生活である。捲土重来を期して、歯ぎしりするような生活をする覚悟がないとできない。その根性は信じられないぐらい強靭である。そのぐらいの強い気持ちを持っていなければ、国会の赤い絨毯は踏めないらしい。それが3度続いたというのは、何と表現していいか、奥さんも苦労の連続だったに違いない。昼食をとりながらのお昼の番組で、そんなことをふと思った。今回の選挙でも多くの人が落選したが、その人たちはどんな思いをしているのだろうか。当選を夢見てまだ頑張るのだろうか、晴れて国会議員になれば家族の皆さんも喜ばれるだろうが、そうでない人の方が多いのだ。考えてみれば世の中は、なりたい自分になれない人の方が圧倒的に多い。そんな時人は、最期の時まで夢を追いかけるのか、夢を捨てて現実に生きるのか、現状に妥協して生きるのか、諦めて別の道を歩むのか、いろいろな生き方があるだろう。テレビで放映されている人は一握りの人であって、ほとんどの人は挫折を味わい、打ちひしがれた精神状態にいる。総理大臣の映像を見ても、苦渋を滲ませながらそれでも継続すると宣言したが、誰もそれが厳しい茨の道であることも知っている。それほどまでに政治に魅力があるのかと思いたいが、それは多分素人の考えで、本人にしてみれば魅力とか権力などではなく、それがすべてなのではないかとふと思う。歌手なども苦節10年とか赤貧の生活をしたなどと、耳にする。プロ野球の選手もごく一部の人が脚光を浴びるが、ほとんどの選手は仮にマウンドに上がって成績を残したとしても、短い時間だけのスポットライトを浴びる経験だけで、人生を終わりになる場合が多い。その職業が晴れやかであればあるほど、その競争は熾烈であり、ほとんどの人は報われることもなく人生の幕を降ろすのだ。文脈は離れるが新聞に、細き文字「元気でいてね」文残し兄は逝きたりはや一周忌(関雪子)の句があった。どんな家族であったのか、この句からはわからない。しかし妹だから兄の気持ちはよくわかっている。やりたい仕事を全てやった大往生だったのか、それとも心残りのことがいくつかあったのか、妹に言いたかったことがあったのか、多分後者であろう。繰り返すがほとんどの人は、この句のようにやり残したことやうまくいかなかったことやさまざまな思いを込めて、最後を迎えるのかもしれない。しかし今日の選挙結果のテレビ番組を見て、勝った陣営負けた陣営の落差を見て、それも一時のスポットライトではないのかと思った。それはほんの短い時間だけであり、長い間には勝っても負けても、大きな波や小さな波がくるのだ。それならばその1瞬だけではない長い時間をどう過ごすかが、より大切である。自分は政治家でもタレントでもないごく普通の世界に生きている。1瞬にかける人たちを尊敬はするが、自分には全く遠い世界であり、自分は平凡な生き方が最も合っている。その世界では比較的小さな波で終わることが多い。自分も最後はこの句のように、心残りのことがあるかもしれないが、それでもいいのだ。それはたぶん小さな波だから。
