雨降り

今は火曜日の夕方、といってもまるで真昼のような天気で、南側の窓から青空が見える。今日は一日中変な天気であった。早朝にまるで豪雨のような激しい雨が降ったというが、自分はぐっすりと寝ていたせいか、全く覚えていない。午前中は書斎で調べものをしていて、時折窓から外を見るが、晴天のような曇りのようなそして小雨が降るような、わけがわからない天気であった。昨日は関東地方にも台風が接近するからそれなりに身構えていたが、何事もなく、少し雨が降った程度で拍子抜けした。今日明日は天気予報によれば1日中雨マークになっていたが、どうも良く分からない。週に1回整体院に通っているが、お昼のちょうど12時に予約していて、整体の先生と話をしたら、豪雨で大変な目にあったと言っていたので、そうなのかと思った程度であった。気象情報はスマホでチェックするのが最も早いのだが、それがコロコロとよく変わる。台風であったり低気圧であったり、まるで生き物のようにあっちに行ったりこっちに来たり、世界の政治情勢のような変わり方である。自分は自由の身になり、自由業だとこのブログで書いたが、辞書で調べてみるとフリーランスの方が良さそうだ。フリーターとフリーランスの区別も良く知らずお恥ずかしい限りだが、ネットによればフリーランスは自分の専門知識を生かして個人として契約を結ぶらしい。自分はこのような身分が合っている。だからフリーランスの立場だとすると、自分で自由に仕事や時間を操作できるので、手帳を見ながら埋めている。ただ若い頃のような仕事量ではないから、空白が目立つ。ただ1つの仕事に対してそれなりの時間がかかることが分かったので、自分にはこの程度でよいと思っている。この立場になって、体と心と脳の健康が大切なことがより一層分かった。またこれらは多分関連し合っているだろうから、体を動かし、専門書や論文を読んだりして脳を働かせ、人間関係や煩わしいことはなるべく肯定的に受け止め、毎日を平穏に暮らすことを心掛けている。今日午前中読んでいた非認知能力の本でも、日頃我々が感じている心のあり方なども、科学的な実験で実証されているらしい。たぶん一番難しいのは、自己肯定感であろう。このブログでも何回も書いているが、家内からは反省病と言われているので、意識して自分を認めていこうと思っている。整体院の先生が、随分きれいな髪の毛ですねとか、声も張りがあって若々しいですね、などと言われたが、半分はビジネスかと思いながらも、受け入れようと思っている。自分を受け入れることができれば、世界が違って見えてくる。フリーランスになってから、平日プラス休日の週3回スポーツジムに行く予定を立てて、今日はその日であった。帰宅する時、小雨ではあったが、風が強く傘が飛びそうになった。1日中こんな天気だったのかと思いながらも、運動した後はどこか楽しい。サウナでびっしょり汗をかき、水中ウォーキングで子供のように動き回り、プールで泳いで快い疲れを感じることは、誰が考えてもプラスの脳内ホルモンが分泌されるだろう。そして元気をもらいながら帰宅すると、いつものようにアイスキャンデーを食べて、家内とよもやま話をして、ブログを書きに2階の書斎に上がってくる。2階から、我が家の庭の向こうに日本風の家が見える。屋根の瓦が雨にぬれて、しっとりとした風情があって、なんとなく日本の家屋はいいなあと思う。歳をとってくると、自然や日本文化にも惹かれることが多くなる。新聞に、雨の日が好きあぢさゐの青が好き(中島由美子)の句があった。どんな文脈かわからないが、今日のような雨降りで、あじさいの青色がより一層際立っていたのだろう。自分も近所の庭に咲く濃い青色のあじさいが好きで、見とれたことがある。雨降りで憂鬱な気分になる人もいれば、この作者のように雨の日が好きな人もいる。今日午前中に読んでいた本の中に、脳はいい加減であるという文章があった。集中しなければ何も見えず、意識しなければただ通りすぎてしまう。雨降りが好きな人も嫌いな人も、思い方次第でどうにでもなる。そんな単純なと思うけれども、脳科学で実証されているようだ。とすれば、当たり前だがプラス思考で行くほうがよい。それはいい加減な脳を都合の良いようにすることかもしれない。それでいいのだ。何が真実かは神も仏もわからないだろうから。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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