今は金曜日の夕方、明日土曜日にブログを書く予定だったが、明日は午後から夕方までオンライン審査がずっと入っていて、夕方には書けない可能性が高いので、今日に変更した。別に変わった事件があるわけでもなく、平穏な日々が続いていることは有難い。ただ連日の猛暑には体がついていけない。夏風邪をひいたのはいつからだろう、もう数週間以上経っても一向に治らない。喉が痛く咳が出て鼻水が出て、かろうじて熱が出ないだけなんとか持っている。さすがに昨日は、かかりつけの内科クリニックに行って薬をもらってきた。今日の午前中も学校訪問の仕事があって、マスクはつけているものの、ゴホンゴホンと大きな咳をするのは恐縮で、子供たちに感染しないかとヒヤヒヤしていた。朝1限の授業なので、行きは8時台なので爽やかで気持ちが良いが、帰りは10時を過ぎるので汗びっしょりになる。なるべく歩くことを自分に課しているので徒歩で出かけたが、帰りは厳しかった。今年はこんなにも暑いのかと、当たり前のことを独り言のように何度も言う。学校に授業のコメントを書いて送るのが遅れて、午後になった。私的な仕事をこなすと、すぐにスポーツジムに行く時間になった。そんな風邪を引いてスポーツは止めた方がよい、ますますひどくなるという、家内の忠告を空耳で聞いて出かけた。明日土曜日に行くジムを今日に変更したのだ。行きも帰りも突き刺すような日光を浴びて歩いた。さすがに水の中は気持ち良かった。プールでの水しぶき、水中ウォーキング、太陽を浴びながらのジャグジー、そしてサウナに入って体中が汗いっぱいになった。これで体内の風邪の病原菌が体外に出たのだという非科学的な理屈をつけて、自宅を出てから2時間ほどの時間を過ごした。さてこの試みは凶と出るか吉と出るかはわからない。明日は審査の仕事はあるものの土曜日だという気楽さがあって、今日ジムに行ったのだと思う。人の行動はどうも合理的には出来ていないようで、その時の気分によって変わるようだ。それでも納得するには多少の理屈が必要なので、あまり意味のないことを考えた。それでも帰宅して、冷たいお水を飲みアイスキャンデーを食べると、ああ行って良かった、少しオーバーだが生きていて良かったなどと思う。今日の午前中の社会科の授業は、熱血教師と呼ぶならその通りの先生だった。授業のうまさやメディアの活用の仕方などのスキルを超えて、熱弁をふるい子供たちの中に入っていった。現代にこんな先生もまだいたのだという思いが、自分を惹きつけた。1時間が彼にとっての精一杯のパフォーマンスの時間だった。それはまるで舞台で演技する役者と同じである。舞台が終われば、汗びっしょりになっているだろう。文脈は遠く離れるが新聞に、柿若葉日毎に陰を濃く深く(佐藤光義)の句があった。近所に柿の木があって、その葉は文字通り若葉で新鮮さを感じさせる。そして日が経つにつれて、濃くなっていき深くなっていくのだ。植物も精一杯彼らのパフォーマンスを演じている。それが見る人の心の中に入ってきて、季節の移り変わりを感じさせるのだ。自分は熱血教師とも柿若葉とも違うが、年齢に応じて自分でできる精一杯を演じてみたいと思っている。夏風邪だからクーラーにあたって静かに横になっているのも大切であるが、その演じ方は人によって異なる。自分にはジムに行く方が似合っている。家内が夕食は焼肉だという。ブログもほぼ書けた。あとは楽しい夕食を待つとしよう。
