今は土曜日の夕方、といってもまだ時刻は早く午後4時である。スポーツジムに行ったのだが今日は早めに帰ってきた。午後6時から、予定では2時間半のオンライン会議がある。本当の予定は3時間なのだが、そんな長い時間拘束されるのは厳しいので、自分の希望も入れてこのぐらいの時間に勝手に設定している。出版のための編集会議である。詳細は述べないが、大勢の執筆者が集まっていろいろなことを決めるので、多分時間はかかるだろうと思う。それでもオンラインなので助かっている。これが対面だと電車の往復時間だけで3時間くらい見積もる必要があるので、時間調整が無理である。ジムには午後2時に出かけて3時半位に帰ってきたのだが、その間に携帯電話に留守電が入っていた。帰宅してすぐ折り返しの電話をしたが、今度は相手が留守であった。電話は対面ではないが、時刻は同時なので時間調整が難しい。このブログを早めに書いて、電話とオンライン会議に対応したいと思っている。昨日は対面のイベントが都内であったので、ほぼ1日そこに関わった。それは大勢の先生方が、多分200名か250名ぐらいだろうと思うが、一同に集まるので、担当者はその対応に忙しく緊張もしたと思う。自分は5分から10分以内で挨拶をするだけなので気が楽で、スタッフの皆さんには恐縮した。しかも別の団体のオンライン会議が入っていたので、途中で中座して、別室で自分の役割を果たせた。考えてみれば、ほとんどは関係者の皆さんの努力の上に乗って、仕事をしているだけなのだ。心の中では申し訳ない気持ちでいっぱいだった。今日の午後6時からの編集会議は、オンラインなので気は楽である。自分の日常は対面の仕事は少なく、大部分はオンラインなので、いろいろな面で気を使わなくてよいことはありがたい。今日もスポーツジムに行った格好で、会議に出る予定だ。他の皆さんもほぼ同じだろうと思う。しかし対面になるとそこがガラリと変わる。昨日はワイシャツにネクタイを締め上下のジャケット姿で出かけた。自分はネクタイが嫌いで、カバンの中に入れて会場に入ってからネクタイをしている。コロナ以前はほとんどが対面だったから、多分ネクタイもしていたのだろうと思うが、今思えばあんな窮屈な格好で毎日事務所に行っていたのかと思うと、不思議な気がする。在宅勤務でオンラインで仕事をするようになって、外見だけでなく内面も変わってきたような気がする。オンラインであれば相手に見えるのは肩から上だけなので、その意識が働く。手の動きが見えないから、2台のパソコンの1台で内職をしたり、スマホを触ったりすることもある。もちろん対面ではすべて見えるので、内面も多少の緊張感は働いている。ここでオンラインと対面の違いとか、デジタルとリアルの違いとか、タブレットと紙の違いなどを論ずるつもりは一切ない。昨日は都内で対面で、今日のスポーツジムは対面で、夕方はオンラインでというように、すべて状況に応じて選択したり組み合わせたりしながら生活している。昨日は金曜日で新聞のローカル版に、夏めくやシャツにきらりと貝ボタン(深沢ふさ江)の句があった。シャツのボタンのことは自分はよく知らないが、貝でできたボタンとは、どこか洒落ていて、この人は外見に自信があるのかもしれない。女性なのか男性なのかもわからないが、貝のボタンが人目を引いたり光に当たってキラリと反射したりするのだろう。そのたびにくすぐったいような喜びを感じるとすれば、それは素晴らしい。自分も昨日大勢の先生方を前に、短い時間であってもスポットライトを浴びて話をすれば、それもまた小さな喜びである。いくつになっても、貝のボタンのようにキラリと光る存在でいたいと思うのは、誰しもであろう。
