夏休み

今は土曜日の夕方、いつもの通りの書き出しであるが、南側の窓から見える空はどんよりとして、天気予報ではもうじき雨が降るらしい。この頃の天候は寒暖の差が激しく、これでは体調がおかしくなる。今朝は肌寒かったが、昨日は初夏か真夏のような気温だった。そのせいか先ほどスポーツジムから帰宅したのだが、今日は会員も少なかったようだ。会員は老若男女だが、たぶん高齢者の方が多いと思うので、彼らが体調を崩したのかもしれない。ジムに行く前はちょっとだるいなとか思うが、たまには休むかなどは、悪魔のささやきだと自分に言い聞かせているので、休日は皆勤している。今日も土曜パターンで、午前中はデスクワークをして、午後はスポーツジムに行き、帰宅してブログを書いて、1日が終わる。お昼に少し時間があるので、大抵は家内と居間で雑談をしている。女性は人付き合いが多いが、自分はあまりいないので、もっぱら聞き役である。近所の家庭も同じような傾向らしい。私的なことなのでブログは書かないが、どの家庭も問題を抱えている。それが普通である。自分は特に問題がないので少し恐縮だが、高齢者になると、まず体の健康、脳の認知症、心のうつ病など少しずつ変化する。誰それさんが癌になって入院したとか、認知症が進んで引きこもりになったとか、いろいろな噂を聞く。他人の不幸を聞いて自分はありがたいと思うのは不謹慎なのだが、正直感謝している。さらには年金のことや家族のこと人間関係のことなど、さまざまな問題があるようだ。この点も自分は特に困ってはいないので、聞き流すしかない。今気になるのは、来週と再来週の市内の学校での講演内容だが、そんなことを家内に言っても、話がちぐはぐになるだけで、そっぽを向かれるだろう。もちろん問題が全くないわけではないのだが、ブログで書くような話ではない。仕事や研究の問題は、世の中の問題とは違う。飛躍した言い方をすれば、問題は面白いとも言える。年金や家族のこと人間関係などと書いたが、お金はそこそこでよい。子や孫は都内で暮らしているので、lineなどで情報交換をするが、便りがないのは良い便り、という言葉どうりで、問題があればそれぞれの家庭で解決すればよく、相談されれば話にのるぐらいでちょうどよい。日本社会は、親や祖父母が子や孫に必要以上に関わりすぎるような気がする。文脈は離れるが新聞に、一筋の糸に蓑虫(みのむし)ぶら下がる年金暮らしの吾に似てをり(根岸芳功)の句があった。失礼ながら、この作者は年金を頼りに生活されているのだろう。もちろん自分も同じだが、気持ちの持ち方次第で生き方も変わってくる。年金だけなのかと嘆くのか、まるで蓑虫のような生活だが、それでも贅沢をしなければ毎日を過ごせると思うかで、眉間にしわを寄せていくのか、笑顔で過ごすのか、の幸せの尺度が大幅に違ってくる。自分もいろいろな仕事にまだ関わっているが、常勤ではなくすべてオファーに応じているだけなので、フリーターである。時々自分はサンデー毎日ですなどと他人に言う時もあるが、心の中では今は夏休みだと思っている。このブログでも書いたことがあるが、夏休みの言葉を聞くと子供の頃を思い出す。かなり昔の新聞に、カレンダー1枚全部夏休み、の小学生の句があった。顔面すべてが笑っている。嬉しそうな笑顔が目に浮かぶ。フリーターで夏休みならば、自分の好きなことができる。ジムに行きたければ、蕎麦屋に行きたければ、ジョギングをしたければ、講演資料を作りたければ、専門書を読みたければ、と自分の願いは叶う。そう思えば、高齢者になっても楽しいことはいっぱいある。自分が幸せでなければ、家内も子供や孫も嬉しくはないだろう。それが自分の出来る家族へのプレゼントである。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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