気づき

今日は手帳を見ると、昭和の日と書いてあって祝日である。ゴールデンウィークなのであまり祝日のことは気にしなかったが、今年は飛石連休のようだが、明日からの平日を休む人も多いかもしれない。昨日月曜日は平常通り仕事をしたので、かなり忙しかった。今日は仕事は入っていないが、自分のスケジュールに従って動いているので、それなりに仕事がこなせる。自分のような仕事は制限がなく、続けようと思えばずっとできるが、精度が落ちるので別の活動を入れる必要がある。今日は祝日なのでスポーツジムに行って体を動かしてきた。このことは大変重要で、脳ばかり使っていると切れ味が悪くなり、刺身で言えば鮮度が落ちる。歳を取ってくると、集中できる時間も短くなるので、予定を工夫しなければならない。自分は紙の手帳とパソコンのデジタルカレンダーの両方使っているが、愛着があるのは紙の手帳の方で、間違えても消せるようにフリクションボールペンを使っている。書き物や調べ物をしている仕事は、デスクワークのせいか分からないが、雑念が浮かんでくる。雑念といってもほとんどが仕事に関連したもので、メモするかすぐにやらないと忘れてしまうことが多い。好意的に書けば、それは気づきである。自分はすぐに対応するようにしている。これはメールしようとか、これはすぐに書類を作ろうとか、これは工作をすぐにやろうとかで、本来の書き物などが中断されるのだが、その方が忘れなくてよいのだ。忘れると関係者に迷惑をかけるので、その方が自分は怖い。今日の午前中は、メールと書類作りと工作もできたので、少し安心している。そうでないといつまでも頭のどっかに引っかかっているので、能率が悪くなるのだ。今ブログを書いているが、スポーツジムのプールで泳いでいる時に、ふと気づいたことがあって、帰宅してすぐに処理をした。それもまだ途中だが、時間が来たのでブログ書きに切り替えた。こんな風に気づきのままに、自分は動いている。実はこのブログも気づきのままに書いているだけで、どこに着地するのか自分でもわからない。ただ読んでいただく人がいるので、誤字脱字や内容を間違えると、さすがに恥ずかしいので、一応読み返している。たまには内容をネットで調べることもある。ただ書き始めて公開するまで1時間から1時間半くらいなので、どうしても推敲する時間がない。しかもストーリーを設定していないので、不安なのだが仕方がない。自分でも出来が良いと思うブログもあるが、ほとんどは凡庸な内容である。ただ自分の気持ちをうまく表現できた時は、単純に嬉しい。スポーツジムの帰り道、子供たちがスケートボードに乗って、旧市役所の広場で遊んでいた。うまく乗れると心から嬉しそうだった。年寄りでも子供でも、どんな小さなことでも、気に入ったものがあれば嬉しいのだ。文脈は遠く離れるが新聞に、串のもの買うてうれしき桜かな(石原美枝子)の句があった。団子なのかわからないが、作者の好きな食べ物なのだろう。それを買っただけで嬉しいのだ。それはまるでスケートボードに乗って喜ぶ子供と同じである。自分はどうだったろうと振り返ってみると、今日のブログはどうも合格点に達していないような気がする。読んでいただく皆さんにはお許し願おう。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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