ノンポリ

今は火曜日の夕方、窓の外は寒々しい灰色一色で静かに雪混じりの小雨が降っている。昨日も所沢市あたりでは牡丹雪のような大粒の雪が降り、庭が真っ白になった。昨日はオンラインだけの仕事だったので、あまり寒さは感じなかったが、今日は教育センターで会議があって出かけ、先ほど床屋に行って帰ってきた。床屋は土日は混むので、平日の夕方前に予約している。散髪をすると当然ながら首筋が寒く、マフラーと手袋をして出かけた。帰宅の途中、中学生に出会った。スカートで女子中学生は寒くないのだろうかとふと思ったが、この年代ではあまり寒さを感じないらしい。自分のような年齢では、教育センターにも床屋にも、今日の天気では防寒具をつけないと気持ちまで寒々しくなる。今、暖房の効いた書斎でパソコンに向かい、外の景色を見ていると、心からありがたいと思う。スマホの天気予報は、明日の早朝まで雪マークで飾られていた。家路を急ぐ人たちだろう、道路は車で渋滞していた。そして都心で仕事をしていた人たちも、早めに切り上げて足早に帰るだろう。何より暖かい部屋が恋しいから、そしてお風呂に入って家族と夕食をとるのが極上の一時なのだ。路上にいた女子中学生たちは、話に夢中になって寒さなど眼中にないような様子だったが、若さとはそういうものなのか。家族とか夕食とかお風呂などは小さな出来事であって、こんなに寒い日であっても特に感慨は起きないものらしい。年を取れば、暖かいものに安らぎを感じ、向かっていくよりも守る方に、競争するよりも現状維持のほうが、どこか居心地が良くなる。しかしそれは活動しないということではない、今のままの仕事や活動で充分であり、それ以上は望まない、そんな感じである。今以上でも今以下でもなく、今のままで良いと思える。教育センターでの打ち合わせは4月以降の活動計画だった、特に飛躍するわけでも減少するわけでもなく、先生方が満足できる範囲でやっていこうと合意した。若い頃の自分は、もっとやれ、すぐやれ、精一杯やれのような、まるで号令のような声をかけて、学生たちを頑張らせていたような気がする。今思えば、気恥ずかしく若気の至りとでも言いたくなる。12月は30日まで1月は2日から、研究室に学生たちが来ていた。自分もそれが当然だという気持ちだった。寒さや雪やお正月など、先ほどの中学生のように、なんでもないことだった。しかしそんな時代はもう過ぎた。文脈は離れるが新聞に、ノンポリてふ昭和の死語よ三冬尽く(宮野始)の句があった。三冬尽く(みふゆつく)とは、三か月も続いた寒くて長い冬がようやく終わった、という意味の冬の季語らしい。自分が学生の頃は、ノンポリノンラジカルで学生運動を横から眺めていたが、心情的には惹かれていた。活動家たちは、就職を蹴って信じる道を進み、挫折した学生たちも多くいた。それは若者の特権でもあり、生涯をかけても悔いない活動だったろうが、令和の今になってみれば、苦渋の思いをしているかもしれない。長い年月が激しい思いを洗い流したのだ。しかし何が良くて何が悪いのか、誰もわからない。今暖かい部屋に居るだけでありがたいと思うノンポリなのだが、昭和は遠くなりにけり。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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