今は火曜日の夕方、自分は、この時間に書斎の窓から外を見るのが好きで、なんとなく心が落ち着いて、この場所が自分の城なのだと思ったりする。昨日が仕事始めで、オンライン会議があった。多分ほとんどの人が、長い休暇が明けた後で、頭と気持ちの切り替えが難しかっただろう。しかし2日目になれば、身も心も平日モードになって、お正月のことなどどこかに飛んでしまった。今日の夕ご飯は七草粥だと、家内が先ほど言っていた。我が家は、ゆず湯だのしょうぶ湯だの七草粥だの送り火や迎え火など、昔からの風習を守る方だろう。このブログを書いたら、お風呂に入り夕飯をいただく。それはささやかな自分の楽しみである。先ほど床屋から帰って来たばかりで、この時期だと首筋が少し寒くなる。今日の天気は不思議で、午前中はきれいな青空で書斎で仕事をして、お昼にどうしても体を動かしたくなってジョギングをした。昨夜は久しぶりの大雨で地面はすっかり濡れて、ところどころに水たまりもできていた。そこに太陽がさんさんと降りそそぐと、もう駆けるしかないと思えて、ゆっくりながら1時間走った。理由はないのだ。太陽にまるで磁石のように引き込まれたのか、どこか自然と一体化したくなったのだ。自宅に帰りパンとコーヒーで昼食をと思ったが、どうしても美味しい蕎麦が食べたくなって、手打ち蕎麦屋に行った。考えてみれば、気の向くままの行動をしていた。自分の手帳には、午前中の仕事と、午後に整体院と床屋に行き、夕方にブログと記入されている。整体院は、家内から、体のメインテナンスが重要だからと言われて、週1回通っている。といっても歩いて5分ぐらいの場所で、30分のマッサージを受けている。その後、月1回の床屋に行った。考えてみれば、仕事やブログは頭を使い、ジョギングや整体院や床屋は体を整えている。後は、心が健康であればよい。床屋のマスターに聞くと、コロナ以降お客さんが少なくなったと言う。オンラインの普及や在宅勤務ができると、身だしなみも気にすることがないので、客足が遠くなったのだ。自分はまだ昔流で、月に1回床屋に行って散髪をすることを守っている。整体院も週1回、これからも通うだろう。半分は習慣なのだが、半分は身も心も健康にしたいとか、教員気分がまだ抜けないからなのか、身だしなみもきちんとしておきたいと思うからだろう。いくら時代が変わっても、自分は昔流でいた方が居心地がよい。文脈は離れるが新聞に、ユニクロにシニアの女性多くいて我も明るいセーターを買う(杉本葉子)の句があった。年をとっても明るいセーターを着れば、心が晴れ晴れするだろう。その気持ちは、自分が今日太陽に向かって飛び出していったことと同じだろう。いくつになっても人は、明るさに惹かれるのだ。いくつになっても人は、さっぱりと清潔にしたほうが嬉しいのだ。いくつになっても人は、身も心も明るく前向きでいたいと思っているのだ。
