今は12月31日お昼の時間である。今日は大晦日で、夕方からテレビは大賑わいの番組が目白押しである。夕方はそんなわけでブログを書く時間がないので、少し時間がある今、パソコンの画面に向かっている。どの家庭でも似たようなものだと思うが、我が家も普段は老夫婦2人だけの生活から、我々を含めて十人と二匹の犬が、今日の午後から正月2日まで一緒に過ごすことになる。大して広くもない家が満杯になる。一昨日から昨日にかけて、買い出しをしたり布団を干したり、1階から2階に服を移動させたり、それなりに気ぜわしい時間を過ごした。今日は大晦日なのでゆったりと過ごそうと思ったが、世の中はそう思い通りにはいかない。審査系の書類がどっさりと郵送されてきて、これを目算するとお正月に書類を読んでいなければ、どうにもならないことがわかった。お前に休みはないぞという無言のメッセージが書かれていて、はいわかりましたと内心で返事をした。逆に考えてみればありがたいことなので、早速予定を立てて、今日から書類に目を通してチェックを始めた。頭の中は、どうしたら短時間で本質的な内容を把握し、審査をしてコメントが書けるかでいっぱいになった。すると書類を見ながら、あーでもないこーでもない、ここはこうした方がいいのか、などと試行錯誤をしていた。論文ではどうだったか忘れたが、木で言えば幹と枝だけを把握して、葉っぱや花は除外すれば時間もかからないのではないかと、誰でも考える平凡な方法を取り入れた。審査がやりやすいように、書類には分厚い全文の申請書と概要的な内容の2種類からなっている。概要だけ読めば充分だと思って、審査用紙に向かったが、どうも自由記述のコメントや質問の内容が明確に出てこないことに気がついた。確かに全体はわかるのだが、詳細に把握してないので質問がしにくいのである。そこで次に全文を拾い読みした。するとイメージが湧いてきて、おぼろげながら木全体の光景が見えてきた。なるほどそういうことか、はじめは幹と枝だけでよいので、全体構造を把握し、次に葉っぱや枝をそれなりに拾い読みすればいいのだ、と思ったのだが、これもどこか審査員とすれば、打てば響くような審査の内容になってないと、なんとなく感じた。そこで最後に自分が採用した方法は、審査用紙にはいくつかの審査項目がある、審査項目とは、いわば問いといってもよいので、問いを先に読んで、全体を理解できる概要と細部にわたる全文を往還しながら、審査項目に回答する方法であった。なるほど、問いが先にあることは、自分の講演の中でもよく引用していることではないか、とふと気が付いた。今朝の新聞を読んでいたら、年末なのか月曜日に掲載される短歌俳句がなく、年末特集の記事が占領していた。ふと編集手帳を読んでいたら、亡くなられた詩人の谷川俊太郎さんの詩が紹介されていた。<あなたに答は贈らない/あなたに ひとつの問いかけを贈る>。なるほど、人は常に自分に問い続け、問いの答えを探そうとして、毎日を送っているのかもしれない。そう思えば、審査項目の問いをはじめに読むことで、書類がよく見えるのだ。書類をはじめから順番にすべて読んだところで、頭の中はほとんど残っていないのではないだろうか。問いがあって答えを探す意味があるとすれば、さすが詩人は並外れた学者である。
