今は12月28日土曜日の夕方で、いつものことながら窓越しにマンション群の明かりが見える。そしていつものことながら、ミカンのような色をした明かりが、部屋の温かさを連想させる。この寒さの中、何より嬉しいのは雨風を防いでくれる家であり、暖房の効いた部屋である。それは幸せの最低条件と言ってもよいが、能登の被災地のことを思えば、自分たちの生活は贅沢そのもので、これ以上の要求をしてはいけない。それは駄々っ子のような我儘になるからだ。年の瀬になれば、さて今年はどうだったのだろうかと振り返るのが常であるが、今日は28日、来週火曜日が31日なので、その時が今年最後のブログになるので、総括はその時かもしれない。年をとれば、いろいろなことが起きても、それ相応の知恵で乗り切ってきたのかもしれない。好好爺のように、ニコニコしながら暖かい日差しを浴びて縁側などで当たり障りのない世間話をして、という光景は、どこにでもあるわけではなく、むしろ珍しいだろう。何事もなく平穏に暮らしたいと思うのは、若い人でも年寄りでも同じだが、生きている限りそうはいかないのが、この世の中である。いつものように土曜日曜はスポーツジムに行って汗を流し、健康でありたいと願って、今日も先ほど帰宅した。スポーツジムのプールから外を見ると、典型的な冬空できれいな青空がよく見える。年の瀬にこんな呑気でいいのかなどと、ふと思う。眉間に皺を寄せて考えるのも、温泉のようなジャグジーに浸かって屋上から市内を眺めてボーっとするのも、同じ時間だが、心の健康には大きな差がある。振り返るには、楽しいことを振り返ればよく、難しいことは考えなくていいのではないか、などと悟ったようなことを思ったが、本当のことはよくわからない。人は仕事をしたり生活をしていれば、楽しいことばかりではないことは重々知っている。かといって仕事がなければ、嬉しいこともつらいこともなく、無重力のような世界の中で生きなければならない。それは幸せなのか不幸なのか、今の自分にはその方がもっと辛いと思える。新聞に、イリジウム分析などして生きながら学者の父も老いに佇む(山本健夫)の句があった。この句の作者のお父さんは理系の学者だったのだろう、研究に喜びと生きがいを感じ夢中になって過ごしていたが、その研究や仕事から離れた今、所在なく過ごす姿に寂しさを見たのだろうか。確かに人はつらいことがあっても、自分の思い通りにならないことがあっても、その研究や仕事に夢中になっていれば、寂しさを感じることはない。寂しさとは、そこに自己が不在していること、つまり空虚さなのではないか。とすれば今年を振り返って、多少の楽しさはあり、思い通りにならないこともたくさんあっても、それでいいのだ。それが生きている証拠なのだから、悔いることもないのだ。だから今年も良かったのだ。自分も皆さんも、来年が良い年でありますように。
