今は土曜日の夕方から夜にかけての時間で、いつものように土日はスポーツジムに行っているので、今日もジムから帰宅して1階の居間でグレープフルーツを食べ、一息ついて2階の書斎に上がってきた。今日は何をしたのかといっても平凡な休日だったので、とりたててブログに書くほどのことでもないが、午前中は文献調査を行っていた。海外の学会発表があって、そのビデオ録画を視聴していた。昨年はこれは凄いと思うような掘り出し物の発表があってワクワクしたが、今年はまだそんな収穫はなく、なんだ午前の時間を潰してしまったかというような印象であった。人生と同じで、良いことばかりではなく都合の悪いことも起きる。むしろ都合の悪いことの方が多いことは、誰でも同感するだろう。それでもスポーツジムの帰り道はなんとなく一日が終わるような気持ちなので、さわやかな秋の空を見ながら心が空っぽになって家に着く。我が家の近くに小川があって、そこにシロサギが川の中を歩いていた。小川の横にはお社があって、自分も手を合わせるのが習慣になっている。その場所から西の方を見ると4階建てぐらいのアパートの窓が全面に西日を受けて、黄金色の反射光がこちらを照らしていた。その光景を見ていると、自然の美しさに自分も包まれて、色々なことがあっても平穏で過ごせることがこの上なくありがたく思える。ブログを書けば今日も一日終わる。お風呂に入って夕食に向かい、晩酌をしながらテレビを見て、心安らかに寝床に入る。今日の夕食は何だろう、たしか肉じゃがとか焼き魚とか言っていたが、老夫婦2人の夕食はささやかである。歳をとってくると食事が楽しみである。納豆と味噌汁のある朝食も大好物で、お昼はシチューのような汁物だったが大変美味しい。その間にコーヒーを飲みピーナッツをつまむのでそれなりに栄養価をとっているようだ。食事のことを書いたせいか隣のパソコン画面に提示されている、焼きたての秋刀魚にジュッと醤油かな(相坂康)の句が目に入った。あのちょっとほろ苦い味のする焼きたてのさんまは、句を読んだだけで口の中が湿ってくる。うわあ美味しそうだなと思わず言ってしまいそうな光景である。夕食が食べれるだけ、暖かい布団に包まれるだけ、雨風が防げる暖房の効いた家の中に居れるだけ、それだけでもう充分幸せである。世界を見れば、貧困にあえぎ寒さに身をふるわせ苦しみに堪えている人々がいる。せめて幼い子供だけでも何とかならないものかと思うが、どうにもならないこの世の不条理は切ない。そう思いながらも自分は食卓に向かうだろう。この世を生きるということは、不条理も矛盾も都合の悪いことも解決できないことも抱えながら、今の小さな幸せだけを見ているのだ。それが凡人の生きる知恵かもしれない。
