配膳ロボット

今日は土曜日ブログを書く曜日なのだが、このところいろいろ仕事や私的用事の関係で変則的になっている。土曜日は、今日の出来事だけというよりも、1週間を振り返る意味合いもある。散文的だが公開日誌なので、気になってることを書いておこう。木曜日7日は少し驚きの出来事があった。7日が発売日の週刊文春に自分への取材記事が掲載された。もちろん事前にインタビューされているので、そのことはわかっているのだが、メディアの取材は往々にしてボツになる事が多いので、今回は半ページにわたってしっかり書いてあったので驚いたのだ。もちろん週刊誌だからタイトルはセンセーショナルで、自分の好みには全く合わないが、先方はビジネスなので仕方がない。まあそれもいいだろう。自分はもう専門分野から引退するような年齢なので、掲載されたそのことにびっくりしたのである。老兵はまだ死なずのような心境だが、この世のことはわからない。そして今日土曜日は、金曜日に温泉に一泊して帰ってきた。時々無性に温泉に行きたくなる。それは幾つになっても、ストレスから逃れたいとか自分に小さなご褒美をあげたいというような思いがあるからだろう。不登校の文献を読んでいたら、子供に心のエネルギーを貯める必要がある、そのためにはリラックスして休憩することだ、大人が温泉に行って鋭気を養うようにと、書いてあった。その考えに妙に納得して家内と出かけたのである。しかしどうも自分には、この理論はあまり当てはまらないような気がする。一番近い温泉場は秩父である。本当にゆったりしたいのならば、特急電車に乗れば行き帰りも楽で、駅からも送迎バスがある。それではどうしても物足りないので、車で行って、札所巡りをいつものようにして、御朱印をもらって、子や孫のことをお願いした。そして今回はどうしても美味しい秩父そばを食べたいと思い、評判の良い店をネットで探した。さらに田園風景を見るのが好きなので、棚田が見える場所にも行った。そして帰宅したらどうしても畑仕事をやっておかないと、後の段取りが悪くなると思って、先ほどまで鍬を振っていた。こうして振り返ってみると、年をとっているのに、ゆったりではなく忙しくたち振る舞っているのである。その方が自分が落ち着くからなのだが、どこかおかしいのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、人よりも人らしさインプットされ配膳ロボット道あけて待つ(渡辺照夫)の句があった。自分の場合は、自分自身がプログラムをインプットしているのであるが、どうもその流れに沿って行動しないとすっきりしない、つまり心理的安全性が低くなるともいえる。ということは、自分はほとんど配膳ロボットなのかもしれない。それは良いことなのか、まずいことなのか、自分には分からない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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