秋刀魚

今は火曜日の夕方、といっても書斎から見る空はもう真っ暗で、日が短くなった。今日は比較的時間的に余裕があって、ゆっくりと仕事をさせてもらい、歩いて行ける距離の用事をいくつか済ませた。小雨が降っていたせいか肌寒く、ジャンバーを着ていないと風邪を引きそうだった。寒暖の差は激しく、これも異常気象なのだろう。これでは体がついていかない。政局も同じようで、予想以上の大差で自民党が敗北を喫した。やはりこの世の中は動いているようで、自分はもう少し緩やかな選挙になるかと思いきや、まるで異常気象のように揺れ幅が大きかった。政治には大した興味もなく距離を置いているが、それでも選挙前の党首会談で石破首相がきっちり受け答えしていた姿に共感を覚え、密かに応援していた。一つ一つの言葉に重みがあって朴訥ではあるが実行可能な政策を披露していたのだが、メディアの論評は厳しく自民党に不利なように聞こえた。世の中の諸相はその通りだろう。金と政治というキーワードだけですべて灰色に包まれて、全てが疑心暗鬼になるのだろう。これも世の常なので、市井の凡人が感想を述べたところであまり意味はない。世の流れに従って政局は動いていき、庶民の生活もその影響を受けながら緩やかに変化していくだろう。自然の変化も政治の変化も技術の変化も激しく、世界を見れば我々の見えぬ変動が、まるで地殻のマグマのようにいつ地上に現れて人間の生活を脅かすかもしれない。そんな不安感を誰も持っているだろう。その不安感を除いてくれるのは、昔から変わらない生活そのものである。朝夕めっきり涼しくなった。外気に触れてやはり秋はやってくるのか、玄関先に植えてあるハナミズキの葉っぱがいっぱい落ちて、赤茶けた石畳になっているのを見ると、自然は忘れていないのだとほっとする。昨日も今日も新聞は選挙の報道ばかりで、今週は短歌と俳句のページがなかった。だから少し趣旨と外れるが、先週の新聞から引く。来賓も秋刀魚祭りの煙(けむ)の中(山口良子)の句があった。なんと美味しそうなのだろう、サンマが火で炙られて、じゅうじゅう音を出しながら煙で辺りがいっぱいになった。テントで囲まれた来賓席にも煙が漂ってきたが、その美味しそうな香りを嗅いで、来賓もニコニコしていたのかもしれない。あの少しほろ苦い味は、秋そのものであり、確かな秋の手応えである。変わらぬ生活の場面に触れるとき、人は我が身を委ねながら、厳しい浮世に備えているのかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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