今は月曜日の夕方と言っても、かなり外は暗くなって夜といってもおかしくはない。つい先ほど都内から帰ってきたばかりである。月曜日だが、明日の夕方は全く時間が取れず、今日でしか書けない。都内に出かけると、ともかく人が多いのでそれだけで疲れるのは何故だろう。人はそこに居るだけで何らかのエネルギーを放出して、周囲の人に刺激を与えているのかもしれない。それが良い場合もあれば疲れる場合もあるだろう。ほとんどが疲れるので、自分は本を読んでいる。小説も読みたいが最近は専門書が多い。専門書を読んでいると、寝不足の場合には頭が働かないが、どこかで脳の琴線に触れると、ハッとして頭全体が活性化する。時に降りる駅を確かめないと乗り過ごすことになる。そして会議に出てあれこれ発言していると、脳はそれ向きに必要な情報を集めてくるようで、それなりの仕事が出来る。今日は午前中と午後に対面での会議があって出かけたが、子供のようだが、お昼ご飯が楽しみだった。職場近くの馴染みの食堂でカツ丼を食べた。この店のカツ丼は自分の大好物で、食べ終わると充実感がある。食事なのに何を大げさなと思われるかもしれないが、午後の会場に行く電車の中で、何度もあの美味しいカツ丼を思い出した。カツと卵の絶妙な味のバランスが、白いご飯の上に乗っかって、それが喉元を通り過ぎる時、少しオーバーだが幸せを感じる。今日の天気は平年並みの秋の気温で優しい風が都心のビル街を吹いていて、ところどころに都会にふさわしい常緑樹が少し揺れている。空を見ると青空と白い雲のコンビネーションが、なぜか秋を感じさせた。ほとんど文脈はないが新聞に、焼きいもは新聞紙にて包(くる)むべし湯気にふんわり土の香のして(唐木よし子)の句があった。この句の作者の気持ちはよく分かる。焼き芋が新聞紙にくるまれていると、この芋はこの前まで畑の中に植えられていたのだろう、焼き芋を見ると自然に秋だなあと思うのかもしれない。湯気が立って、ホクホクのそれは、秋への郷愁である。自分のお昼のカツ丼も同じような気持ちだった。午前の会議も午後の会議も、意見が対立するわけでもなく平凡な議事進行のもとに、何事もなく終わった。爽やかな秋風のように、暑くも寒くもないちょうどよい秋の日差しのように、穏やかな一日の仕事が過ぎていく。ただ明日は自分にとっては波風の起きる荒れ天気になるかもしれない、というより、ここ大一番の会議がある。しかし、今こうしてブログを書いていると、それも平穏な会議で終わるかもしれないと、ふと思った。それは、今自分が穏やかな心境だからだろうか。里の秋の童謡を思い出した。今日は静かな秋の1日だった。
