野球観戦

今は8月13日火曜日の午後1時半、外は猛烈な暑さで外出も躊躇する。本来なら、多少日が翳って涼しくなる夕方、1日を振り返って静かにブログを書くのだが、今日の夕方はこの暑い中を都内に出かけなければならない。とは言っても仕事ではない。所沢市内の仕事の関係で、東京ドームの巨人阪神戦のチケットをもらったのである。席は1階内野席のネット裏で指定席になっており、かなり上等な席だという。といっても野球観戦に興味があるわけではなく、子供たちに行かないかと言っても、旅行に出掛けていたりサッカーならばなどと言われ、仕方なく老夫婦2人で後楽園に行くことにした。返品するのも失礼になるので、お盆の時期なのでまあ気楽に出かけて途中から帰ってくれば良いと話し合った。およそ野球に限らず、このようなイベントにはあまり興味を持っていない。NHKからいろんなイベントの招待を受けたりしたが、NHKホールで居眠りをして、そのいびきで隣の人に注意を受けたことがあって、家内から叱られた。コロナの前は毎年のように、ベストドレッサー賞のディナーに招待されていたが、出かけたことはない。イベント主催者は、いろいろな著名人も来るので名刺交換を言われたのだが、自分とは別の世界なので毎年お断りしていた。NHKもかつて番組内容の審議委員になったこともあったが、あまり番組を見ないのに、会議に出席するのは居心地が悪かった。日本賞などの教育番組の表彰式などに参列するように言われたが、一度だけ出て途中で退席した。つまり退屈なのである。多分今日の野球観戦も、途中で退出するだろう。自分が好きなのは、そのようなタレントとか華やかさで飾られたイベントではなく、例えば地元の祭りとか寄席などは大好きで、浅草の演芸場などは年末になると行きたくなる。仲見世を通って浅草寺に至る道を、子供のようにお菓子などを食べながら、ぶらぶら歩いて演芸場に行って、落語を聞いて笑い転げるのは、老夫婦の楽しみだった。帰りに、うな重を食べるのも定番だった。振り返ってみると、自分は古い日本文化が好きなのかもしれない。文脈は離れるが新聞に、音をさせ飲んでながめてラムネかな(昆舎利道弘)の句があった。子供の頃、祭りに行って飲む飲料水はラムネだった。ブッシュと音がしてビー玉が落ちて、それからジュワッと炭酸水が喉元を通り、子供ながらに美味しかったのだ。今日は多分野球観戦しながら、缶ビールを飲むだろう。子供の頃は日本全体が貧乏だったから、ラムネを飲むのも嬉しかったのだ。昔のことは美化することが多いが、何かすべてに情がこもっていて、隣近所でも協力しあっていたような気がする。それは助け合わなければ生活すること自身が、大変だったのかもしれない。頭の良い子供でも、家庭が貧乏であれば進学することもできない時代だった。今こうしてお盆を迎え、夕食に晩酌をし、スポーツジムに行ったり書斎で仕事をしたりテレビで楽しんだり、なんと贅沢なことだろう。自分の両親はどうだったのだろうか。晩年自分の人生はこれで良かったのかと満足していただろうか。歳をとってくると、なぜか昔のことが懐かしく思い出される。それは今よりお金もなく質素な生活をしていたのだが、毎日何が起きるか分からないような世界で、精一杯動き夢中になって過ごしていた日々が、素晴らしいからだと思う。それが忘れられないから、今でも、昔の自分を追いかけて、どこか頑張っているのかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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