今は土曜日の夕方、窓から見る空は雲一つなく、灼熱の太陽が少しも遠慮することなくマンションや家々や我が家の庭の草花を照りつけている。今まさに夏真っ盛りである。連日テレビで報道しているように、危険な暑さでもあり、異常な天候に、人間の方はただため息をつくような毎日が続いている。自分が小学生だった頃は、夏は大好きな季節で、故郷は海に近かったせいか、毎日のように泳ぎに行った。帰宅するときはお腹が空いて、ちゃぶ台に置いてあった漬物をよく食べて、特に母親が作ったらっきょうを食べすぎて文句を言われた。昔はラジオ体操があったから、朝早く近所の広場に集まって、証拠の印鑑をもらった。絵日記なるものも宿題だったから、毎日何か書いていたのだろうか、そして夏休みには盆踊りがあったり、親戚の皆が実家に集まって、いとこ同士で遊びまわっていた。思い出すのは皆で食べた美味しかったスイカや、当時は蛍がいっぱいいて、取ってきてその明かりを見て不思議に思った。そんな楽しい思い出が夏休みにいっぱいあったせいか、大学の教員の時は、学生たちをつれて2泊3日の夏合宿をした。夏合宿では朝6時半からのラジオ体操は必須で、夜遅くまで議論をしたりすると起きれない学生がいるので、そのために起こす係の学生もいて、第二ラジオ体操までやっていた。不思議なことに15名から20名くらいの人数が集まると、若い学生であっても模範演技をする学生が必ずいた。たいていは洋書の分厚い本を学生が分担して読んできて、日本語のレジュメを作り発表して質疑応答するスタイルだった。ほとんどが大学院生だったせいか、質問が出すぎて時間がどうしても足らず、延長になると夜遅くまで勉強会は続いた。2日目の夜は全員がお待ちかねの懇親会だった。ほとんどは屋外でバーベキューでビールを飲み、まるで子どものように花火をあげては夏の夜を楽しんだ。そして部屋に戻ってくると、ゲームというか何と言えばよいのだろうか、面白くて面白くて誰もが夢中になった。伝統的に正解は教えてはならないというルールがあって、新人の学生たちはそのゲームが解けず、夜が更けるのを忘れた。学生はもちろん若かった。そして自分も今よりはるかに若かった。夏が来ると、若い学生たちに囲まれて過ごした日々を思い出す。彼らももう一人前の教授になったり、学会などで活躍しているOBもいる。ありがたいことに、まだ自分はこの道の端っこにぶら下がっている。老いては子に従えと同じように、自分は教え子に従うのだ。もう研究レベルでははるかに彼らは先を走っている。文脈は遠く離れるが、新聞に、ランドセル下ろして汗の背中かな(小俣敦美)の句があった。夏は誰もが汗をいっぱいかく。汗は、楽しい出来事にしろ悲しい出来事にしろ、その人が精一杯頑張った証拠である。自分もまだまだ汗をいっぱいかいて夏を送りたい。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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