今日は土曜日の夕方、つい先ほどまでオンラインの会議があって、午後1時からずっと画面に釘付けになりようやく4時半に終わった。少し休憩して近所の弘法大師のお社まで散歩して、といっても数分程度なのだが、書斎に戻り5時過ぎからこのブログを書いている。何と言っても今日は運動不足で、通常ならスポーツジムに行って汗をいっぱいかいて、すっきりした気持ちで画面に向かっているのだが、午前と午後一日中、書斎で仕事をした。やはり人間は頭を使うことと体を使うことのバランスが大切で、今日は運動量が足りない。思いっきり走ってみたいと思うが、まあ無理だろう。昨日が確か夏至だったせいか、外を見ても夕方という感じはしない。それでもブログを書いている時間は緊張がないせいか、書斎の窓から空を見ても、どこか優しさを感じる。先ほどの散歩では、土曜日のせいか、近所の人たちも庭の手入れをしたり、所在なく小川を眺めたり、スーパーから幼子とゆったりと帰宅している親子連れがいたり、どこか初夏の気だるさが漂っている。今日は運動不足だったが、昨日は運動過多であった。午前と午後に外出したのだが、事情があって両方とも徒歩で出かけた。特に午前は片道40分もかかる距離だったが、歩いて出かけると決めていた。いつもは車で出かけるのだが、雨が降ると踏切で大渋滞になる、そのイライラが嫌で昨日は歩くと決めていた。定例の学校訪問だったので遅刻はできない。片手に鞄を持ち傘をさして長時間歩くとかなり疲れる。午後の徒歩の時間は片道20分程度でちょうど良かった。夕方はオンラインの研究会で一日を終えたが、その間にも些細な用事があって外出したので、相当の歩数に達しただろう。そして今日はほとんど歩いていないのだから、なんともこの世の中は、あまのじゃくにできている。しかし、これが誰でも経験する世の常である。新聞に、踏切の警報長し夕薄暑(松本弓子)の句があった。昨日の新聞の埼玉版で見た俳句であるが、薄暑とはちょうど今頃の季節、初夏の季語であるが、昨日は薄暑というより、酷暑ほどではないが大雨と汗で下着が肌にびっしりとまとわりついて、その蒸し暑さが長時間の徒歩で疲れを増大させた。しかし昨日の徒歩は正解だった、踏切でイライラすることもなく体を動かした心地よさで、夕食も美味しく、ぐっすりと快眠であった。しかし今日は違うから、体がなまって、走りたいがそうもいかず、居間でストレッチ運動でもして体内の老廃物を外に出そうかと思う。まあまあこれで1週間の仕事も終わった、明日は日曜日、ようやくスポーツジムに行ける、お昼は回転寿司屋へ行って、好きな寿司ネタを味わおうか、そんな小さなことでも、今の自分には極上の癒しである。
