今は土曜日の夕方、空はまだ明るく太陽もさんさんと光を放ち、青空に向かって威張っているようなマンションが見える。2階にある書斎の窓からの眺めである。いつものように土日はスポーツジムに行くが、今は帰宅して一息ついたところで、土曜日はブログを書く日である。自分が通っているスポーツジムは比較的大きく、自分は下手ながら打ちっぱなしのゴルフ練習場で30分、その後プールでクロールと平泳ぎで200m泳ぎ、その後ジャグジーで体を温め、屋上で椅子に座って足を投げ出して太陽を浴びる。今日の天候は初夏の陽気で、濃い緑の葉っぱと青い空そして白い雲さらには心地よい風に当たって、気持ちはもうハワイで夏休み、こんな時はこの時間に浸っていたいと思う。お前は今は幸せかいと問われれば、まあそれなりにと肯定的に答えるだろう。多少の心配事や小さな願いごともあるが、凡人のすることはどちらに転んでも大したことはない。昨日は午前中、自分が役員をしている中学校の運動会に参加し、午後は都内でイベントに参加して挨拶などをした。イベントには大勢の人が参加して、自分はどこか晴れがましい役目を果たした。運動会は、さすが中学生と思わせるような若い生徒たちの元気な姿が、眩しかった。自分も就職のスタートは高校教師で、修士課程を出たばかりの24歳だったから、生徒たちとあまり年齢差はなかった。校庭の向こう側に防風の松林があり、その向こうに白い砂浜と真っ青な海がつながっていた。自分は物理の教師で弓道部の顧問だった。部員たちによくグランドを一周させていた。弓道は体をあまり動かさないから運動にならないと思い、何かがあればグランド一周を課した。今思えばパワハラで訴えられたかもしれない。体育系だったのである。中学生の競技や応援合戦などを見ると、どこか血が騒ぎ昔のことを思い出した。若い時は夢中なのである。弓道部の主将も優秀な生徒だったせいか、兄弟のような感じだった。若い頃は、どこか口笛を吹くような気持ちで、肩で風を切って歩いていたような気がする。高校教師から大学教師へそして今は団体役員になった。若い頃は誰でも怖いもの知らずで、失敗もあったかもしれないが、楽しい思い出しか残っていない。しかし同時に、スポットライトを浴びて得意になったり、谷底に落とされたような失敗もあったり、異性に惹かれ夢中になったりそして破局を迎えたり、誰でもそんな経験をしているだろう。つまり振幅の激しい時代なのである。年をとるとその振幅が小さくなって、やがて平坦になっていくのであろう。しかしそれを思い出してみても過去は過去、今が幸せでなければ意味がないことは誰でも知っている。露と落ち露と消えにし我が身かな浪速のことも夢のまた夢、と詠んだ秀吉の辞世の句のように、すべては夢として消えていくだから、スポーツジムの屋上で椅子に座って足を投げ出し、自分に今は幸せかいと問うてみたのである。ここで新聞から句を引きたいのだが、あいにくと文脈に合う句がない。秀吉の辞世の句で、勘弁してもらおう。
