今は火曜日の朝、この変則的な時間にブログを書くのは、当然ながら夕方に時間が取れないからである。今日は文部科学省の仕事で他県に出張して、学校視察をするので帰りが遅くなるからである。ブログであっても何かイベントの後なら書きやすいのだが、仕方がない。昨日は都内の赤坂にある事務所に行き、諸々の用事を済ませて帰宅したが、夕方にまたオンラインで継続的な打ち合わせをした。自分はある団体の代表をしているが、気楽そうに見えてそうでもなく、忙しいかといえばそうでもないので、会長とは微妙な立場にいる。自分の団体は営利が目的ではないが、ほとんどの職員が企業からの出向なので、企業文化の影響が大きい。大学や教育委員会や学校などの教育文化とは違う。夕方のオンラインは、ある事業を企画しているスタッフからの報告であった。報告というよりも議論と言ってもよいが、立場上何らかのアドバイスをしなければならない。それが的外れであれば、自分の職をはたしていることにはならない。スタッフの説明を聞いてると、時々ハッとすることがある。自分は学校文化の中にいたので、企業文化とは厳しさという点でギャップを感じる。そのギャップはどちらが良いとは言えないが、昨日の議論はさすがに企業の厳しさや鋭さや目配り、全体の論理的整合性などを感じて、会長として背中をパンと叩かれたような気がした。スタッフは、会長としての意見は別の視点からなのでハッとし、自分はスタッフの非の打ち所がないような企画に対して敬服した、まるで暑い日に清涼飲料水を飲んで体全体がスッキリと生き返ったような感じがした。昨日は、自分がこの団体の代表をしていることに感謝した。文脈は変わるが新聞に、剣道の女子高生の掛け声にテレワークの我姿勢を正す(岡田孝道)の句があった。竹刀で打ち込みをするときの気合の鋭い声が、自宅の外から聞こえてきたのであろう、テレワークで疲れてぼっとしていた我が身にしっかりしろと言われたような気がしたのだろう。昨日のオンラインの打ち合わせはそんな感じだった。専門家とかプロと呼ばれる人は、その剣道のような鋭さを備えている。それは周りの人に、すごいとか場合によって感銘を与える場合がある。それは企業、官庁、学校などに関係なく、スポーツ芸能などあらゆる分野に当てはまる。人がプロを目指しプロでありたいと願うのは、他人に感動を伝えたいからかもしれない。
