入学式

今は火曜日の夕方、今日は朝から雨が降り午前中はかなりの雨量で、草木は喜ぶかもしれないが、桜の花はかなり散ってしまっただろう。おまけに風も強く、自然はなんと無情なのだろうと思うが、だから自然なのだ。優しい時もあれば厳しい時もある、そして何事もなかったかのように時が経っていく。昨日は自分が評議員している中学校の入学式に参列した。久しぶりの入学式の参加で、昨日は曇り空ながら雨も降らず満開の桜が新入生を受け入れてくれる儀式にふさわしい天気であった。この日は入学式が終わって、すぐに自宅に戻ってオンラインの会議に出席しなければならなかったので、すぐに学校から我が家に駆け足で戻った。黒の上下のスーツ姿でネクタイをした男が上り坂を駆けていく姿は、多分道行く人にはおかしな姿に映ったであろう。人は間に合うならば坂道であろうと走っていく、遅れるかもしれないと事前に断ってあっても、間に合わせたいと思うのは人情である。あるいは日本人特有の几帳面さであり真面目さなのかもしれない。入学式の会場は体育館で、周囲を紅白の幕で囲い、壇上には日の丸の国旗と校章なのか市のシンボルなのかわからないが旗があって、横にピアノが置いてあり、綺麗な花で彩られた壇上は、自分たちが子供の頃と変わっていない。それはどこか自分が日本人であることを思い出させるようだ。君が代の国歌を歌い、新入生と保護者と教職員と我々のような来賓が、姿勢を正して式に参列している。新入生を見ると、小学校を卒業したばかりのまだあどけない顔をした生徒というか子供というか、まだ幼い。仕事の関係上3月の卒業式には参列できなかったが、入学式は学校から走って戻れば何とか会議に間に合う時間だったので、久しぶりに参加した。そして校長先生の、以上265名の生徒の入学を許可する、という声が高らかに体育館に響いて、正式に認められた。入学生と同じ数の着飾った保護者と教職員などを合わせると700名を超える人々が、この体育館を埋め尽くしていた。教職員も保護者も自分たちも、どんな気持ちでここにいるのだろうかと、ふと思った。それは理屈抜きに学校は素晴らしい存在だからだと気が付いた。教頭先生の起立礼の号令に従って、全員が動いている。それも自分の体に染み付いた遺伝子のような感じがする。新聞に、新しき地図へ画鋲のあたたかし(熱田俊月)の句があった。歌壇の評者は、小学校の壁に貼っている様子ではないかとコメントしていたが、あたたかし、の言葉は学校を連想させる。学校は暖かく優しく誰でも包んでくれるので、この俳句の意味が伝わってくる。そして入学式も、規則を守り真面目で几帳面な日本人を育成することに一役買っているのだろう。そのせいか、自分も走って帰宅した。そして会議に間に合った。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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