雀隠れ

今日は火曜日の夕方、1日中雨降りで庭の木や草や野菜など、喜んでいるに違いない。晴天続きのせいか、植物が雨降りを心待ちしていたような気がする。今週から自分は暇になる、嬉しいことなのか寂しいことなのかわからないが、心に余裕ができたことは確かで、雨降りの今日は、午前中に内科クリニックに行って検査をしてもらい、午後は先ほど雨の中を車で出かけて背もたれ座布団に入れるウレタンを買ってきた。この説明をすると長くなるのでやめるが、仕事とは関係のない用事を済ませた。先週は、土曜日に高校生のポスター発表を聞いてコメントをしたこと、日曜日は学会で講演をしたことが重なったので、仕事で時間が凝縮していた。忙しいと色々なことに気がつく。高校生の発表に目を奪われて、新しい気づきがあった。例えば、手話と話し言葉ではどちらが効率的かという発表があったが、このテーマの発想自体が面白く、しかも結論が手話の方であったこのことに、新鮮な驚きと嬉しさがあった。手話と話し言葉の両方を聞いて意味が分かった時点で、聞き手がタイマーを押すという方法なので、確かに科学的な証明になっており、言われてみればそうかもしれないと思って、溌剌とした高校生の発表に大きな拍手を送った。日曜日は自分が講演したが、自分のPCでオンラインでの発表と同時に、会場にはプロジェクターに投影するという方法なのだが、PCを開いてびっくりした。電源残量が4%になっていたからである。新しいPCで意気揚々と会場に持参したのだが、なぜだろうと思った時はもう遅い。数分経ったら画面が真っ暗になった。電源がなければパソコンは無用の箱でしか過ぎない、頭を何回も下げて司会者のパソコンの電源を借りて投影した。電源は持ってこなかったのだ。当然充電が100%に近いと思い込み、自宅を出る時に確認もしないで鞄の中に入れたからである。講演はなんとかできたが、自己肯定感が急速に落ちていった。自分は短い時間の時は電源が重いので持っていかないことが多いのだが、この時ばかりはこんなミスをしないようにと誓った。高校生の発表に比べれば、自分はなんと情けないのだと思ったが、もはや仕方がない、気を取り直して後の時間は他の人の発表を聞いて、自分を慰めた。この世の中は順調のように見えて、どこか横槍が入るとか、信じられないようなアクシデントが起きる。それは何か神のいたずらのような気もする。逆にそれが自然の現象であるかもしれない。文脈は離れるが新聞に、球児たち雀隠れに球探し(村山邦保)の句があった。雀隠れとは草木が伸びてスズメも見えなくなる形容だと、俳句の評に書いてあったが、自分を振り返るとまさに雀隠れだったのかもしれない。司会者が電源コードを貸してくれたこと、そしてその後何とか思ったように発表できたことを思えば、まあ良かったのだと思う。世の中には、必ず雀隠れのようなことが起きて、人は右往左往しながら生きているのだろう。それで良いのかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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