変化を求める

今は金曜日の夕方、これからブログを書こうとしている。今日も肌寒いが、天気も良く青空が書斎の窓からよく見える。明日からの土日は、都内にイベントがあって全く時間が取れないので、今書いている。自分のようなものでも、オファーがあってイベントに参加できるのは正直ありがたい。それはまだ自分が世の中に少しでも役立っているという感覚である。その感覚は多分一生ついて回るのではないだろうか、いやもう自分は引退するからオファーが来ても逃げるよと、正直思ってる人はほとんどいないのではないか。人は一生何かやってないと人でなくなるという感覚があるからだろう。今日も午前中、研究とは言えないまでも研究もどきの仕事をやっていたが、時間が立つのを忘れてしまう。その世界に入ると、そこに自分が投影されて自己対話が起きる。すると同じことの反復では、自分に進歩がなく、生きている甲斐がないような気持ちすら起きてくる。だからどんなことでも、少し変えてみるとか新しい試みをやってみるとか、変化を求めるのである。明日からの土日にスポーツジムに行けないので、代わりに今日の午後に行ってきた。プールで泳ぐのは平泳ぎとクロールなのだが、特に新しい試みをしているわけではないので、健康のために蛇足で泳いでいるような気持ちなので、実はそんなに面白いものではない。ブログで書くのは恥ずかしいが、ゴルフの打ちっ放しがジムにあるので、そこで練習しているが、下手ということは素晴らしいことで、なんとか上達しようと色々工夫している。それがこの上なく楽しい。確かに人は変化を求め新しさを追求しているようだ。いくつになっても、それが人間の本姓なので変わらないと思う。文脈は離れるが、新聞に、春寒し誰も帰りて来ぬ故郷(月城龍二)の句があった。故郷を離れ都会で暮らしている人を詠んだ句なのかもしれないが、自分も同じであるが、別に故郷を捨てたわけでもなく、東京が素晴らしいというわけでもないが、そのほうが自分を活かす比重が高いからとも言える。故郷にいれば平凡だが幸せな生活を送ることができるかもしれないが、なぜ人は失敗するかも挫折するかもと思いながらも、変化を求め故郷を離れるのだろうか。それが人間の本性だからかもしれない。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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