今は火曜日の朝、変則だが、午後に北陸地方に出張する関係上、この時間が書きやすい。気楽な出張で、小さな会議と後は懇親会で一泊する予定になっている。明日の朝ホテルを出て帰宅する予定なので、全く自由な時間が新幹線の中で取れる。ふと思う、何も縛られない自由な時間とは、なんと嬉しく明るい響きがあるのだろうか。そんな瞬間が時々あって、自分の今の境遇をそのまま受け入れることができる。新幹線の中でこのブログを書いても良いのだが、あいにくとポケットWi-Fiを持っていないので、インターネットに繋がらないからブログが書けない。今はクラウドに繋がらなければ何も仕事ができないようなパソコンの仕様になっているので、このブログも自宅で書いている。ブログを書く時間は、自分にとって数日間を振り返える時間でもある。昨日はこんなことがあったとか、あの時こうすれば良かったとか、ほとんどは自省することが多い。たぶんこれは日本人の特性だろう、そのことは長所でもあり短所でもある。時々これで良かったと思える時もある。実は昨日がそうだった。細かいことは書かないが、昨日は都内に出かけて事務所に行き、その後文部科学省に行って打ち合わせをし、帰宅してオンライン会議に参加した。そのこと自身に何も感慨はないが、その間にいろいろなことを振り返っている。教材でチェックした内容が間違えていなかったかと、ふと思ってもう一度チェックしたり、スポーツジムで、あの時こうすれば良かったなどと思ってみたり、古いパソコンから新しいパソコンにアプリをインストールし直す設定が間違えていなかったかなど、本当に些細なことが頭をよぎり、胸を撫で下ろしたり、不安になったりする。人の生活とは、一瞬一瞬がこのような一喜一憂することで満たされているような気がする。そしてそれが何でもなかった時に、ようやく自己を認めることができるのだろうか。新聞に、あのことはあれでよかった鳥雲に(中島徒雁)の句があった。「鳥雲(とりくも)に」は、春の季語で鳥たちが北の方に帰っていく様子を示していると、ネットに書いてあった。自分と同じように、ああすればよかったこうすればよかったと反省することもあるが、後になって考えてみれば、あれで良かったのだ、心配事は鳥たちの北帰行のように去っていくのだという思いは、作者と全く同じである。だから今は自由に羽ばたいて、今日と明日を過ごそうと思っている。「鳥雲に」の季語を初めて知ったが、良いことを教えてくれた。反省することも悔やむことも、すべて北の方に去っていき、人は自由の身になれる、だから何も心配することはないのだ。
