今は火曜日のお昼過ぎの時間、ブログを書くには少し早いが、夕方にオンライン会議が入っているので、余裕がある今にした。少し反省がある。つまらないことだが、なんとなくブログの文章が長くなってしまい、後で自分で読んでみると冗長だなあと思ったので、今日から少し短めにする。何しろあまり見通しがなく書いているので、レポートや論文のようなきっちりした構造になっていないことをお許しいただきたい。書斎の窓から見る空は快晴そのもので雲一つなく、何か陰りはないのかと思うほど青一色に塗られている。あまりにも天気が良いので、お昼の時間にジョギングをした。それは自分の意思というより、この青空に誘われたのだ。見慣れた光景とは言え、ジョギングをするたびに見え方が違うのは何故だろう、それは、自分の心模様の反映だからだろう。今の自分の身分は非常勤なので、午前中の仕事が終ると、気が楽になって、散歩したいなとか走ってみたいなとかスポーツジムに行ってみたいなとか、どこか足の向くまま気の向くままに生きていく風来坊のような感じがする。たまたま今日は晴れで、そして走ると突風のような風が体を叩きつけて、こんな天気もあるんだと驚いた。帰宅して少し遅い昼食を取って書斎に上がると、手帳に書いてある予定していた仕事を止めて、ふと気になった資料を探した。するとハッと気が付くような内容がある。それは資料の方から目に飛び込んでくるような感じで、ジョギングと同じだと思ったのだ。つまり抜けるような青空が自分を誘って、自分の意思とは関係なく走ったことと似ている。常勤であれば気の向くままというわけにはいかず、しなければならない、という背中に背負い込むような荷物に振り回されているようだ。今の自分の非常勤のありがたさは、文字どうり重い荷物がすっかり軽くなって、表面上は物事が自然に進んでいく。自然とはそのようなものかもしれない。文脈は遠く離れるが、新聞に、偶然の積み重なってこの落葉(早坂哲夫)の句があった。落葉の積み重なりは、物理学の法則に従っているのであろうが、人間の目には単なる偶然の積み重なりに過ぎないと映る。自然現象だけでなく、人間世界の出来事も、ひょっとしたらそんな偶然の積み重なりなのかもしれない。偶然は必然ではないので、先のことはすべてわからないという結果になる。ということは、予定は未定であり、何が起きるか分からない。それは良いことも悪いことも起きてくるだろう。人は偶然の中に生きて行くしかないないのだろうか。それでも多少の因果関係はあると信じているので、毎日を努力しているのだろう。
