楽しむ

今は月曜日の夕方、と言うにはまだ明るく昼間と夕方の間の時刻であり、西向きの窓から見える空は夕焼けではなく、明るい茜色の空である。最近の天気は秋そのもので夏の猛暑や台風などの大水害を忘れるような気持ちの良い毎日である。今週は珍しく月曜日から水曜日まで都内に出かけなければならない、対面での仕事があるので仕方がないと思っていたのは朝だけで、久しぶりにジャケットを着て革靴を履いて駅に出かけて電車に乗ると、気持ちが通勤モードになる。オンラインに長く慣れてくると、電車に乗ることすら革靴を履くことすらジャケットを着ることすら面倒になる。しかし面白いもので人はそのような格好をすると、体全体がその雰囲気に包まれて通勤マンに変身するようだ。すると昔と同じように、なんとか席に座って本でも読みたいという欲が出てきて、するとタイミングよく席が空いてカバンの中の文献を取り出して読んでいた。通勤している時代は電車の中の時間がもったいなく、仕事に関係する本を取り出して読むのだが、今日はさらにボールペンを出してコメントを書いたり下線を引いたりして文字通り仕事をしていた。仕事が終わって帰宅する時は、サラリーマンが仕事帰りに居酒屋に寄る心境に似ている。もちろんまだ陽が高いのでそんなことはしないが、少しはお役に立ったのかという自己満足に似た気持ちをどこか維持したくて、今日の出来事を家内に報告した。まあまんざらでもなかったかと思いながら、今書斎に向かっている。実はこの後も夜7時から9時までオンラインの会議があって、そのために少し早めの時間にブログを書いて、夕食を済ませてから会議に向かおうと予定している。明日の夕方は都内で仕事をするのでブログを書く時間がなく今に至っている。ふと思うと、少しでも仕事ができたという小さな喜びがあって、それがまた次の仕事への動機付けとなり、その後もずっと続いていくのであろう。このブログでは内容は書かないが、ほとんどの仕事は小さな小さな行動の積み重ねであるが、それでもその楽しみは規模の大小に関わらず同じだと思う。新聞に、目標はJAXAに売りに行くことと部品会社に内定せし子は(江原冬莉)の句があった。我が子が希望の会社に就職してその部品を有名なJAXAに売りに行きたいと願っているようで、そのわくわくした我が子を見てこの読者が嬉しさのあまり投稿したのだろう。この子は理系出身だろうか、夢は宇宙を飛び交う人工衛星を作ることなのか、この子の就職した会社の製品をその人工衛星に組み込みたかったのか、その夢を持っている若者は多分目が輝いているのだろう。人工衛星の小さな小さな部品であるが、自分の作った製品が宇宙に飛び立つことがこの上なく嬉しいのだろう。それは事の大小に関わらず人に平等に与えられる喜びである。自分も都内に行って小さな小さな仕事をしてきたが、この若者の気持ちと同じである。明日もまた都内に出かけるが、それが楽しみになってきた。このように考えると、年齢とか規模とか予算などに関係なく仕事とは楽しむことではないか。それは仕事だけではなく、研究はもちろん学校で勉強することも本質は楽しいことなのではないか。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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