今は土曜日の夕方、ブログを書く時刻になった。この前のブログのように、ずっと体の不調が続いていたが、ようやく回復した、とは言っても、実は今でも咳が続いている。このため対面で会うのはまずいので、オンラインに切り替えたり打合せをキャンセルしたりなどして、なんとか土日に辿り着いた。自分の都合とは関係なく、物事はプログラム通りに進んでいく。人は体調不良であったり精神的に落ち込んだり、まあいろいろ変化があって、それでも何とかこなしていると思えば、人の本質は努力かもしれない。努力していればどこか許されるような気持ちがして、無理をして体や心にストレスを与えることになるが、まあそんな浮き沈みのあるのが人の生き方であろう。学校では、子供達にそんな寄り道をしないように、まっすぐに目標に向かって進むように指導している。清く正しく美しくの校訓のように人を育てているが、世の中に出てみると、そんなきれいな直線のような人生を歩めないことは誰でも知っている。数日前から国際会議の研究発表を聞いているが、同じようなことを考える研究者もいる。ただアメリカは昼間であっても、こちらは真夜中なので、頭が朦朧として正しく理解しているかどうかは疑わしい。ある研究者は、学校教育ではゴールに向かってなるべく寄り道をしないで最適なコースになるように、教材を開発したり指導を工夫したりアドバイスを与えたりしているが、本当にそれでうまくいくのだろうか、世の中に出ればかなりの部分が失敗であり、その失敗を乗り越えて成功への道を見つけているのだから、学校にもそのような授業や指導法や教材があってもいいのではないかという発想の元で、授業をデザインし、失敗をする教材を作り、そこから失敗を乗り越える実践をした。その結果、生徒たちはこれは面白いと言って授業に意欲的になったという発表を聞いた。なるほど言われてみれば、学校は成功をモデルとして最短のコースを子供達に提供しているのかもしれない。それは世間の歩き方とはかなり違うことは誰でも知っているが、これまではその成功モデル以外のモデルを知らないので、昔からの方法を踏襲して来たのかしれない。なお、発表者は著名な認知科学者である。これからの変革の時代には、別のモデルが必要だと思う。デジタルの流れは急速でいろいろな仕組みが変わっていく。多分教育DXは、別のモデルを求めているだろう。ただ、教育DXのアセスメントの結果は、まだ誰も分かってはいない。新聞に、経験が生んだささやかな自尊心打ち崩しゆくITの波(川端真由子)の句があった。どんな変革にも光と影がありプラスとマイナスがある。この読者のように、長い間培ってきた技術なのか名人芸なのか内容はわからないが、デジタル化の進展によって、あっという間に消されていったという寂しさがあるのだろう。これから学校の成功モデルも、変わっていくかもしれない。
