和む秋

今は木曜日の夕方で、書斎の窓から見える空は美しく秋らしい空模様である。明日の金曜日、明後日の土曜日に書く方が良いのだが、いろいろな予定があって今の時間にブログを書くことにした。と言っても実は少し体がだるい。数日前から朝起きた時、喉が痛くて咳き込んだり鼻水も出たりして、体がだるかった。家内に症状を言ったら、まさかコロナではないでしょうねと言われたが、今日になってみると、熱はなく喉の痛みも少しやわらぎ鼻水は出るがそれほどでもなく、ただ体のだるさは続き眠くなってくるので、まあこれなら典型的な風邪の症状だろうと、自分も家内もそう判断して今に至っている。風邪ぐらいならと思うと、なぜか多少元気が出てきて、よせば良いのに運動したりいろんな仕事もした。午前中はオンラインがあって、普段どうりに会議で話をして時間が過ぎた。ただ午後になって体のだるさと頭が重いので、整体院に行って少し体をほぐしてもらおうと出かけたら、腰や肩がずいぶん凝っているらしく、これでは頭が痛くなったりしますよと、整体師の先生に言われた。確かにその通りかもしれない、自分の仕事はデスクワークで、しかもほとんどパソコン画面の見っぱなしで、そのような状態が長く続いてくると、目はかすみ足腰も固定したままなので硬くなって血液の循環も悪くなっているのだろう、とは言っても、これは仕事だから簡単には止めることはできない。いろいろな用事や仕事が重なると、どうも肩が凝る症状になるようだ。多分体がアラームを出しているのだろう、前のブログで自分は健康だと自信ありげに書いたが、少しずつ少しずつ体力も弱ってきている。自分の体はいたわらなくてはならないと思いつつも、ベッドに横になっているわけにもいかず、運動をしたり仕事をしたりという毎日の生活と変わらない時間を過ごした。ただ、仕事をしていると、どんな小さいことでも、小さなストレスがあって、それが積み重なると、風邪をひいたり肩が凝ったり腰が痛くなったりするのだろうが、仕方がない。それが自然である。書斎から空を見ると、ほぼ今日一日が終わるという安堵感があって、多少喉が痛くてもまあ良いかという気持ちになる。新聞に、それぞれの不調語りて和む秋(野畑明子)の句があった。この句の通り、誰でも一つや二つの不調を抱えながら生きている。近所の人たちと出会えば挨拶ぐらいはするが、多分腰が痛かったり肩が凝ったりするのだろうが、ニコニコしている姿を見ると、みんな偉いなと尊敬したくなる。世界を見れば信じられないような戦争で大勢の人が亡くなっているが、日本はまだ平和で有難いとしか言いようがない。喉が痛いぐらい咳が出るぐらい風邪ぐらい我慢するので、今の平穏無事な生活がずっと続きますようにと、心の中で祈らざるを得ない。こんなブログを書けるだけでも有難い。秋という季節は、この句のように心を和ませてくれるようだ。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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