体育祭

いつも午前中はなるべく自分の仕事をしたいので時間を確保し、所沢市内の学校訪問が定期的に予定されているので、その2つでほとんどの時間が費やされる。午後はオンラインが入ってきて、その仕事で時間が埋まる。今日も先ほどまでオンラインでやり取りをしてホッと一息ついた。ただ今日の午前中は珍しく市内の中学校の体育祭に参加した。もう何年ぶりだろうか、自分がこの学校の評議員をしているせいで、入学式とか卒業式など学校行事にはなるべく参加するようにしているが、体育祭は2度目である。1度目は多分十年以上前だと思う。久しぶりに参加しようと思ったのは、若い中学生の元気な姿を見たいことと、まるでこの日のために準備されていたような雲ひとつない青空が、中学校に行ってこいと呼びかけてくれたような気がしたからである。今時の体育祭は、小中学校とも午前中で終わることが多いようだ。今どきは、運動場で昼食をとることがはばかられるからであるが、猛暑が続いた今年などは、午前中が参加者にとっては最も有難い。朝8時からの開会式に始まり12時頃終わるのだが、自分は中頃の10時半で失礼した。体育祭は予想を裏切らず、若い中学生がのびのびと精一杯、走り、応援をし、これを青春と呼ぶならば、その通りで若さが運動場いっぱいに広がっていった。自分たちは本部席のテントの中にいて、中学生のキビキビした動きを眺め共感し、時に拍手をしてエールを送った。こんなことは本当に久しぶりで、教育関係者や保護者は、誰もがニコニコして生徒たちを見守っている。特に我が子が出ている競技には、保護者は身を乗り出しカメラを向けその成長した姿を記録にとどめようとしている。その保護者を見ていると、親とはなんとありがたいのかと思った。自分の歳でこんなことを書くのもおかしいが、親とは無条件に子供を守り子供の味方になり子どもの幸せを願うばかりである。校長先生の始めの挨拶に、最高とは最幸と書くのだと言われたが、なるほど今の生徒たちの姿は最幸の状態である。これだけは見て帰ろうと思ったのは、400mの対抗リレーである。中学生ともなると、その走りは、ただただまぶしく懸命にグランドを蹴り一歩でも前にと、手を振り足を上げて疾走する姿は、保護者も参観者ももちろん生徒たちも巻き込んで、大応援の声が上がる。それは今まで味わったことがないような、少なくとも最近では経験したことがないような一体感があり、700余名の生徒たちと、ほぼ同数の保護者と関係者が夢中になって応援して、表現し難いような感動があった。テープを切る選手の姿は、晴れがましく誇らし気であった。しかしビリを走る選手は、晴れがましくはなく誇らしげもないが、ただ懸命にゴールを目指す姿があって、全ての参観者は、どこか言いようのない愛おしさがあって、惜しみない拍手を送った。新聞に「最終面接今日も落ちた」という吾娘(あこ)の眠れる頭そっと撫でやる(古山智子)の句があった。何も説明はいらないだろう。子の親であれば、その心情はよく分かる。リレーでビリでゴールした選手にも、心に響くような感銘を受けるのは、この選手に幸あれと、人の親ならば応援したくなるからである。今日は素晴らしい体育祭に参加できた。

投稿者: 赤堀侃司

赤堀侃司(あかほりかんじ)現在、(一社)ICT CONNECT 21会長、東京工業大学名誉教授、工学博士など。専門は、教育工学。

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