今は、土曜日の夕刻、ようやくブログが書ける時間ができた。有難い、土日は、オンラインなど入っていなくて、午前は仕事をこなすが、午後は自由なので、スポーツジムに行った。久し振りに、解放感を味わえる。オンラインでも対面でも、仕事には、なにかしらのストレスがあるから、プールで泳ぐようなリラックス感はない、少しずつストレスが溜まって、身体を動かすことで、溜まったガスを放出するように、身体と気持ちが軽くなる。いいね、こんな雰囲気と時間は、どこか昔に戻ったような気持になる。昭和の時代は、今よりノンビリしていたような気がするのは、単なる郷愁なのか、歳を取ったからなのか、水の流れのように、自然に寄り添って生きることが、自分に合っている。ただ、仕事になるとそうはいかない、午前中は、逃げたいような自分を叱って、取り組んだら、意外とスムーズに進んだ、だから、嬉しい、というより、ほっとした。若い頃は、夢中で取り組んで、仕事に囲まれ、若い者と議論し、多くの会議をやりくりし、など、生きている実感はあるが、ただただ、忙しい、という一言だった。誰からも、先生はいつも走っているね、などと言われたが、まんざらでもなかった、暇なことは罪悪のような気がしていたからだが、それは幸せな生き方であることは、言うまでもない。自分の周囲の先生も、同じような仕事の仕方だったから、何も疑問を感じなかった。今は、どうだろう、オンラインで処理できることが多くなり、移動時間が無い分だけ、仕事の仕方は、効率的になっただろう。ただ、気持ちの持ち方が違う。ギラギラした太陽の元で、などは、もう性に合わない、静かな夕日を浴びて、のほうが馴染みやすい。自分の仕事内容を考えると、カタカナ用語が多く、デジタルだのチャットGPTだのGIGAスクールだのSSHだの、どうしてこんな用語に囲まれているのだろうかと、ふと思う。黒板、子供、運動会、朝礼、夏休み、宿題など、もちろん今でも同じだが、何かあまり使わないような気もする。当たり前すぎて、何も感じないのだが、それでも、これらの用語を聞くと、昔の子供の頃を思い出すか、光景が目に浮かぶ。しかも、ありありと、確かな存在感を持って思い出すが、デジタル用語はそうはいかない。スマホ、タブレット、電子黒板、クラウドと聞いても、無機質な道具しか思い出さず、人の匂いがしない。こんなことを書くと、周囲の人や仕事仲間や、研究者や学校関係者から、叱られるだろう。いつ、お前は宗旨替えしたのかと、言われそうだが、そうではない、歳と共に、人の感性は移っていくのだ。今の自分のテーマは、デジタルを、無機質ではなく、血の通った温かい道具として、そこに子供たちが寄りかかり、共存している光景に変えたいということだ。漠然としているが、そんなことを思ったり、講演や原稿などでは、少し触れてみたりするが、それは理屈ではなく、自分の生き様なのである。新聞に、商店街団扇配りし日は遠く(小川清)に句があった。そう言えば、最近は、団扇をもらったことがない、と言うか、商店街そのものが無くなったのだから、仕方がない。昭和は遠くなりにけり、だが、かと言って、昔を恋しがっても仕方がない。スマホ無くては、生きていけない、インターネット無くては、生活できない、しっかりとすべての人々に入り込んでいる。人は誰でも、薬のお世話になり、小さな病気を持って生きているが、同じように、デジタルと共に、生きているのだ。スマホが壊れたら、インターネットから遮断されたら、仕事もできず、生活もできない、一生付き合っていくしかない。時々、もしどこかで倒れたら、パスワードを誰も知らないから、どうなうのだろう、と不安に思うことがある。人が生きていくことは、矛盾を認めていることか。
