今日は、抜けるような青空で、学校は休みではないが、大型連休の中日だから、誰でもが、どこか心が弾むだろう。昨日も、もうこれ以上の晴天はないような天気で、しかし、学校は休みではないから、誰しも、どこか恨むような気持だったかもしれない。その前日の日曜日は、確か雨が降ったので、天の裁きは、人の思うようにはいかない。今日のような天気なら、ジョギングとかスポーツジムとか公園などで自然に親しむのも、悪くない、車で出かけるのは、渋滞という苦渋の罠にはまるので、決して実行しない。まあ、強いて言うなら、近場に出かけて、高速道路には決して乗らないように、心掛けている。ただ、この2日間、ずっと書斎に籠り切りで、パソコンから離れなかった。仕事が重なって、昨日は、朝8時半から夕方6時過ぎまで、文字通り、ずっと座りっぱなしで、昼食時間はあるものの、それ以外には、10分間の休憩時間が、何回かあるだけだった。オンラインの審査で、緊張感が抜けないので、終わった時は、さすがにほっとした、と思いきや、爽快感だけが残った。一言で言えば、充実していたので、時間を忘れた、時計を見ながら、あと何時間か、などと嘆息することは皆無で、どこか楽しむ余裕があった。だから、時間の長さと疲れや充実感とは無関係で、中身なのである。次は、どんな質問をしようかなど、メモしながら、オンラインの向こうの顔を見ていると、自然に質問が浮かび上がってきて、質問の仕方のヒントを会得したような気がした。そして審査中、ずっとその方法を試していたようで、それは一種の実験でもあった。だから、面白かった、そして採択結果も、審査員が一致して、十分満足できたのである。今日は今日で、午前中は、どうしてもやっておきたい仕事があって、それも昨日の夢に出てきた、正確には昨日の明け方にベット上で考えていたら、ふと思いついた方法だったので、それに夢中になった。別に皆様に公開するほどの内容ではなく、自分でも、こんなことでも人は面白がるのか、と苦笑したほどなので、大したことではない。午後は、オンライン講演があって、これは前から準備していたので、それほどの苦労ではない。1時間なので、それなりに資料を用意する必要はあったが、それをこなして、終わってみれば、はや夕方、今日もずっと書斎のパソコンに向き合っていたのか、と思って、快晴の空の元で、濃い緑や若草が見える公園や道端を散歩しないと、なんだか先行きのない入院患者のような気がして、15分程度の散歩に出かけた。風薫る、とはよく言い当てたと思うくらいで、春爛漫の薫風に身を委ね、夕方の日差しとはこんなにも優しいのかと思うような温かさに包まれて、さきほど帰宅した。ブログを書く時間だった。ここらで、新聞を、と思って見たら、ちょうど良い句があった。道端の花を縫い合わせるように歩いて春の仕立て屋になる(小金森まき)と、女性らしい句である。句評に、右側の花、左側の花、のように見ている光景を、縫い合わせる、と表現したことを褒めていたが、その通りで、この作者は、今日は良き日かなと思っていただろう。素直に、自分も、今日は良き日かなと思う。明日から、いよいよ5連休が始まる。生きていることは、良きことである。
