今は、3月25日土曜日の夕方、春とはいえ、まるで冬に戻ったような肌寒い気温である。今日の午後は、ずっとオンラインでの発表会に参加した。それが終わったら、終日椅子に座りっぱなしでは、身体が硬直するので、小雨ではないが、傘をもって、ジャンバーを着て、散歩して帰ってきた。と言っても、20分も歩いていないだろうが、近所の神社に行って、桜を観て、小さな公園に、数人の子供たちが遊んでいる光景を見ながら、戻ってきた。桜も、連日の雨で、満開を過ぎて散り始め、花びらで小道にまだら模様ができている。寒い、と言いながら、帰宅すると、ほっとして、グレープフルーツを食べた。好きなのだ、少しでも身体を動かさないと、と思い、身体を動かした後は、酸味が欲しくなり、それを食べながら、家内と話す。給湯器が壊れて、業者が点検をしている時で、たわいもない平凡な話をすると、半時間くらいは、すぐに経ってしまう。それで、ブログを書く時間だ、と2階に駆け上がった。今日は、どんな日だったのか、先ほどの発表会は、高校生だった、優れた内容で、すべてが胸に入ってきた。それぞれの発表に、専門的な立場の先生がコメントをして、最後に、自分が総括的な話をして、主催者の挨拶で終わったが、3時間近くかかった。その間、よく飽きないな、と思うが、まったく退屈することは無かった。何故だろうと思うが、高校生だからからもしれない。若いとは、純粋で、怖さを知らず、真っすぐで、失敗を乗り越えていく、その姿に、大人は惹かれるからだろう。この前のブログも、似たような内容を書いたかもしれないが、自分の年齢からみれば、高校生などは、宝石のように光り輝いている、思えば、自分は、若い人を相手に、仕事をしてきたのだから、世間の皆様には、申し訳ないような、幸せな時間を過ごしてきた。そして、今でもその延長で、仕事をさせてもらっている。だから、講評で、最後に、思わず、高校生諸君、ありがとう、と、つい言葉になった。本心だから、構わないだろう、別に、若者に、お世辞を言ったのではない、自分にないものに触れた時、人は、相手に敬意を抱き、自然に、感謝の言葉が出て、頭を下げたくなる。新聞に、放課後の校舎の階段を上下するリュック背負った山岳部員(久保田洋二)の句があった。部活の光景である。よくまあ、重いリュックを背負って、さぞかし、胸も足も苦しいだろう、息も切れるだろうに、そんなことをして面白いか、という馬鹿な質問は止めよう。山登りが好きな人は、それがこの上なく楽しい時間なのだ、それにしても、若いとは、なんと純粋なのか、それほど夢中になれるのか、高校生の頭によぎるものは、大学受験でも、期末試験の結果でも、人間関係でも、家庭の事情でも、すべて関係なく、ただただ、歯を食いしばって、夢中で、階段を上下する運動だけである。若さとは、なんと魅力的なものなのだろうか。
