今は、火曜日27日の夕方、午後6時近くになった。先ほどまで、オンライン会議があって、時間が延びたので、仕方がない。明日は、28日の御用納めだが、午後6時から、所属する団体のオンラインセミナーがあって、自分は、流行の言葉で言えば、MCだが、ホストというほうが、分かりやすいが、そんな役目なので、当然ながらさぼる訳にはいかない。毎回ゲストを迎えて、1時間のセミナーで、今年のセミナー納めだから、ブログを書く時間はない、だから、今書いているが、出来れば、午後5時くらいから書きたかった、およそ1時間かかるので、これは、校正とか推敲の時間を入れてだが、午後6時に終わると、その後、お風呂に入って、小説などを読む時間、といっても、せいぜい15分程度だが、を確保して、夕食に向かう、のが、ブログを書く曜日の時間割である。今日は走り書きで申し訳ないが、7時のNHKニュースは、どうしても見たいので、なんとか仕上げるとしよう。今日も、いろいろ忙しく、明日も御用納めで、午後7時まで、仕事が待っている。思えば、有難いのだが、振り返ると、誰でも同じだが、都合の良いことと、悪いことが、必ず起きる。それが、仕事である。そこから逃げようとか、腹立てるとか、不安になるとか、悲観するとか、誰でも同じだと思うが、その気持ちが嫌で、なるべく逃げないように、そして、出来ることはやってみよう、としているが、凡人には、難しい。だから、逃げないようにやってみよう、としている、と努力目標だけを書いた。ただ、後になってみると、ほとんどの内容や原因が、自分のせいとか、勘違いとか、誤解していたとか、気付くのだ。あの時、怒らなくてよかった、言うことを聞いて良かった、と、胸を撫でおろすことが、ほとんどなのだ。歳を取るごとに、そんな経験が蓄積されて、まあまあ、この世のことは、なんとかなるさ、という、理想なのか、諦めなのか、分からないが、そんな気持ちに近づいてくる。実は、その気持ち、それは脳に安らぎを与えることだから、幸せ感を促すホルモンが分泌されるはずで、人の生き方に、良い効果をもたらす、ことにつながるだろう。新聞に、干蒲団ただそれだけの平和かな(今泉準一)の句があった。この句が目に留まったのは、自宅の居間に、山のように干し蒲団が積まれているからである。居間は、南向きの庭につながっていて、太平洋側の冬型の天気の典型で、真っ青な空から、お日様が、天からの恵みのように、降りそそいで、布団を温かさで、くるんでいる。それを見て、誰も怒りはしないだろう。家内が、お正月に実家に戻ってくる息子夫婦と孫たちのための、準備なのである。通年なら、娘家族も一緒で、合計10名の蒲団を干すのだが、今年は少ないが、それでもその光景を見ているだけで、心が温かくなる。この句の詠み手のように、平和なのである。うーん、今年も確かにいろいろあった、嬉しいことも、そうでないことも、だが、それは、人間の煩悩のようなもので、悲観することもある、そしてそれは必ず起きる、とすれば、嫌なことに心を占領されたくない、楽しい思いで満たされたい、とすれば、この世のことはなんとかなるさ、が、一番良い心の持ち方だろう。現に、このブログを書いた時間は、今で20分程度だった。ただ、出来ばえは保証できない。しかし、これで、いつものように、この後が楽しめる。
